学校が好きなことは、紛れもない真実だった。いつものように、早起きして身支度を済ませて、自転車に跨っている。なにも考えずに、寒くなりかけた朝の空気を抜ける。部活をやっている訳でもなく、ただ勉強するために、学校へ向かうのだ。それが当たり前すぎて、不思議に思う。彼女の顔が目に浮かんで、昨日から同じことばかり考えていた。

 彼女は教室の窓際で、ひっそりと存在感を消して座っていた。カバーもない文庫本を膝をついて読みふけっている。彼女は特に地味という訳ではない、スカート丈だって普通だ。
 しかし、本を読んでることにより、数人いる友人は挨拶もしてきそうにない。彼女はわかっているんだろうか。とにかく、友達ができなそうな人だった。というより、本が友達。

 放課後になって、彼女はすぐに教室を出て行く。なんとなく、わかってしまった。俺は誰かに手を振ってあとを追う。遊びに誘われたが、面倒なのでパスした。

 図書室に来るのは、初めてかもしれない。入学当初に見に来た気もするが、何階にあるかさえ忘れてしまったため、少し迷ってしまった。誰かが見てないか確認して、ゆっくりと中に入ると、独特の雰囲気が俺を襲った。
 静かな部屋は暗い印象に似合わず照明が強く、焦げ茶色の古びた本棚が奥まで並んでいた。所々に貼られている、POPのような色紙が、とても子供っぽく見える。向こうではクリーム色の机で読書する生徒が二人。やけに馴染んでいて、たぶんHRはサボってたんだろうと思った。

「真鍋、珍しいな」

 心臓が飛び出るかと思った。低くて落ち着いた声が響いて、さっきの生徒が顔を上げる。振り向くと、いい感じに俺を見下した国語教師がいた。どこから現れたんだろうか。

「……本を借りようと思って」
「そうか。この本屋大賞を薦める」
「はあ」

 大して興味もなさそうな顔でそう言うと、どこか行ってしまった。あの教師も図書室にいるのかと思うと、気が引ける。やっぱり図書室はちょっとおかしい。

「……あ」

 今度は周りを配慮したような、か細い声だった。窓際のカウンターの辺りに、彼女はいた。彼女の背後に、古びたドアがあり、そこから出てきたらしい。彼女はゆっくりと歩いてきて、俺の顔色をうかがった。

「……図書室、来るんだね」
「たまには。膝は平気?」

 俺がふわりと笑ってみせても、彼女はそれに応えようともせず、周りとは違う目で見てくる。それはどこか、観察されているみたいだった。

「へーき」

 彼女は視線を落とすと、どうやら俺が本を見ていたと思ったらしく、一冊手に取った。それは、さっき教師が言った本だった。帯が大々的に受賞をアピールしている。

「……オススメ」
「あ、ありがとう」

 まだ新しいその本を受け取ると、ようやく彼女は笑った。曇りのない暖かい笑顔は、まるで俺を突き放すみたい。

「先生どこいったか知らない?」
「今出ていったよ」
「そう」
「ねえ、そのドアの向こうってなにがあるの」

 俺は訊いてみる。さっきからもやもやして仕方ないのだ。国語教師は、そこから現れたような気がしたから。

「蔵書部屋。古い本を置いてるの」
「……お前と国語の教師ってなんなの?」

 彼女は驚いて、俺を見た。それから目を逸らして、消えそうな声で呟く。

「先生と生徒だよ」

 自嘲的な含み笑い、おぼつかない視線、なにがどうなっているんだろう。胸がざわついた。せっかく、友達になって、みんなの輪にいれてやろうと思っていたのに。
 ここにいると虚しくなる。誰とも目が合わなくて、字面ばかり眺めて、自分は独りなんだと言い聞かせるみたいだ。そして少なくとも、彼女の世界に俺はいない。

090329
title by にやり


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