10分ほど殴る蹴るを繰り返していた。相手の顔はボコボコで、勝利は見えている。しかし、なかなか仕留められそうにない。体格的な差もあり、押し倒すことができないのだ。苛々していると、相手のパンチが頬をかすめた。明日のクラスの反応を考えると、顔には怪我を作りたくない。一気に攻めて、気絶まで追い込む。そして、バスケ部であろう連れ二人を倒して、俺の完全勝利のはずだった。
 視界に入る女子の姿が、殴った男の後ろへ消え、そのまま下敷きになった。持っていた古びた本が投げ出され散らばった。

「きゃ……っ」

 そこで俺が取らなければいけない行動は限られていた。男をどけて、彼女の手首を掴む。かすかに見覚えのある顔だったのでひやりとした。

「走れる?」
「え、はい」
「行こう!」

 計算が狂ってしまった。追っ手は来ないが、俺の完全勝利は消えてしまった。彼らとはケンカの後に“友情”を分かち合うはずだったのに。
 しかし、女子に怪我をさせて放っておく訳にもいかず、それが同学年なら尚更まずい。足を捻ってなかっただけましだろう。

 保健室、先生は帰宅。よし、助かった。振り返ると彼女は呼吸を乱して、困った表情を浮かべている。思い出した、クラスにいた大人しい女子である。さり気なく手を離して笑いかけてみせた。

「ごめん。擦り傷あるでしょ、手当てするから」
「大丈夫、自分でやるから……えっと、真鍋くんだよね」

 女子達には、ケンカする俺は想像できないだろう。でも現にクラスの不良数人を黙らせ、友好的に接するよう促したのは俺だ。クラスの中心は俺のものだから。
 しかし、バレてしまったなら仕方ない。大人しい子だ、箝口令ぐらい守れるだろう。

「俺がケンカをするような奴ってこと、みんなには言わないでくれないかな」
「……どうして?」

 傷口から目を上げると、彼女の視線が刺さった。理由くらい答えられたはずなのに、黙ってその瞳を見つめ返す。どこかで味わったような、そんな気がした。

「学校が好きだから?」

 その言葉は俺に対する皮肉ではなく、自虐のような。そんな表情をするので、俺は不思議な感覚に陥った。

「……当たり前でしょ」
「うん。じゃあ、言わない」

 彼女は、引き出しから一番大きい絆創膏を取り出して膝に貼り付け、最後にバシッと手で叩いた。あまりにも適当な手当てに、俺は顔を歪める。
 クーラーで冷やされた沈黙の中で、沸々と湧き上がってくるのは、知られてしまった焦りでも、苛立ちでもなく、少しの安堵だった。ここは、ありがとうと言うべきだったかもしれない。

「私、図書室戻らなきゃ」
「図書委員だっけ」
「うん」
「じゃあ」
「……ちゃんと自分の手当てもしてね」

 小さな声だったけど、しっかりと届いた。彼女は呆れたように笑い、手を振る。俺は座ったまま、何も言わずに彼女を見送った。ここで、にこやかに振る舞うのが俺だったはずなのに。擦れた頬に手を当ててみると、砂がざらっと鳴いた。
 その夜、俺は死んだように眠った。

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