大きな手がゆっくりと近付いて、私の髪を撫でる。優しい、けれど先生はそんなことしないのは知っている。たぶん夢なんだろう。
 耳が冷たい何かにぶつかって、慌てて目を覚ました。ガラスの向こうで、夜の空が駆け抜けていった。ここは、車だ。すぐ隣に先生が座っていた。私の膝元には、先生のコートが掛けられていた。

「……先生」
「寝過ぎだ。あんな時間、二人で学校にいる訳にもいかないだろう。送っていくから、寝てなさい」
「ごめんなさい」
「君は本当に問題児だな」

 軽でもワゴンでもない先生の車は静かに走る。私が寝ちゃって少しは困ったのかな。そのときの顔、見ておきたかった。それでも、人間嫌いな先生の助手席に乗れるなんて人生も捨てたものじゃない。

「どうして泣いた」

 先生は、目を合わせてくれない。ハンドルを両手でしっかりと持って、前だけ見据えている。私は黙って、夜景を見つめた。

「仲直りは済んだはずだろう」
「……何かしてくれるんですか?」
「そういう風に見えるのか」
「見えませんけど」

 交差点で車が止まる。強い対向車のライトに、目が眩んだ。そろそろ家に着いてしまうなら、先生の運転姿をもっと見ておきたいのだけど、でも。

「……先生は、友達と仲良くしていたいなら側にいろって言いましたよね」
「ああ」
「でも、ダメでした。“ケンカ”したことを忘れて接することはできないです」
「そう」
「気を遣われてるのか、本心で仲良くやっているのかわからないんです」

 ふ、と先生は笑みをこぼした。黒い空が鏡になってそれを映し出す。いつかの表情が私とガラス越しに見ていた。私の心は、一瞬にして凍りついた。車は走り出す。

「君は友達を謝らせたいのかい?」
「…………違います。謝ったとしても、許せない」
「許せないならそれは、友達に入ってないだろう」
「だって……私は悪いことなんかしてない! あっちが悪い! それをどうして普通に謝って終わらせることができるんですか」

「……君は何の話をしてるんだ? 今はただの“ケンカ”の話だろう」

 私は息を吸って、吐き出す。先生は悪びれた顔ひとつせず、ハンドルを切る。だから苦手なんだ。先生は、知っているんでしょう? それを聞けない私だってわかっているはず。
 ラジオも流れない車内は、息が苦しくなる。見慣れた路地が現れて、車が止まった。ロックの外れる音がして、私はすぐさま膝のコートをどかして外に出た。

「ありがとうございました。すみません、取り乱したりして」
「ああ」

 車を確認して、やっぱり黒は先生に似合っているなと思った。

「先生、放課後は図書室にいて下さい。絶対」
「……いつもいるだろう」
「はい。いて下さい、行きますから」

 それだけ言ってドアを閉めた。

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