「あー、みてみて飛行機だ」

 十字型の影が、私の顔に落ちた。ゆっくりと流れていく雲より早く、飛行機は視界から消えていった。ごおっとうるさく騒いでは、下界の人間たちを惹きつけていくのかな。重苦しい機体と青空が絶妙にマッチしてる。やっぱり格好いいね、飛行機は。

「飛行機雲が、きれいだ」
「うん」

 ふくらはぎに刺さる芝生がチクチクして痛いなあ。なんでだろう。アサクラが、河川敷で道草食ってる私を見つけにきた。視界の右端に、彼のワイシャツと襟足がチラチラと映ってる。

「学校行かないの?」
「……今日は行かない」
「なんで?」
「なんででしょう」
「持久走あるから?」
「あは、違うって。確かに、嫌だけども」

 アサクラの声、透き通っててきれいだなあ。こんなに話したの初めてじゃないかな。どうしてここにいるんだろう。
 飛行機雲は右側からだんだん薄くなっていった。汚された青を包むように、消える。それを見ていればきっと、私の心も洗われるんじゃないかって、思ったから。だから。なのに、どこかで消えないでって願ってる。

「青春なんて死ねばいい」
「……ああ、失恋ですか」
「美化してんだから、言葉にしないでよ」
「はは、意外とロマンチスト」

 一体君が私のなにを知ってると言うのだね。そう言おうとしたけど、私も彼の下の名前さえ知らないから、やめておいた。

 アサクラの面影は、少しだけ私の好きだった人に似ている。雰囲気や声は全然似てないけれど、私の視界に入る断片的なワイシャツと襟足が、あの人を想像させる。そして、妄想して妄想して、その行き止まりに一人の女の子が笑っているのだ。二人は一緒に手を繋いで、それから。
 ああ。いい加減にしろ、私の妄想癖。もっと他に考えることはないのか。例えば、今月の雑誌に載ってたあのワンピース欲しいとか、そういう簡単なことで頭をいっぱいにしてしまいたい。

「どうしたの、急に黙って」
「いろいろ考えてて。空が青すぎて、嫌だ」

 雲の形を捉えながら、思考は巡っていって、自分が黒く染まるような気がする。いつだって、今この瞬間だって泣けちゃうような、被害妄想も膨らんでいく。それでも明日は学校に行かなきゃいけないし、今日なんて一瞬で終わりそうだ。綺麗な青空もキラキラと鬱陶しいし、夕焼けは私に現実を覚えさせるだけ。たぶん、心なんて浄化されない。

「俺は逆に感じるけど。失恋して、空見上げて、これも青春でしょって」
「あははははは!」
「いや、これ真面目なんですけど」
「アサクラの方がよっぽどロマンチストじゃん」

 私は腹筋をプルプル震わせながら、体育座りしたままの彼の背中を見ていた。確かに、ありふれたこと。誰にも言ってない、私の中だけの気持ちだから、なぜか尊い。消そうと思っても、なかなか消せるものじゃないよ。だって、私がものを考える半分くらいは、全部あの人のものだったんだから。

「高校生なんか、みんな単純だって」
「うん?」

 アサクラは、私の顔を覗き込んだ。逆光でよく見えないけど、私には表情よりも、彼の輪郭と青い背景に目がいってしまった。すごい、似合ってる。
 そのまま、ゆっくりと影が覆い被さって、アサクラは額にキスをした。

「……ちょ、なにしてんの」

 一瞬、息するの忘れた。慌てて額に手を当てる。意味がわからないよアサクラくん、顔が熱い。私は睨むように、焦点を合わせる。すると、アサクラは私の顔を見て笑った。手の甲を口元に当てて、少し恥ずかしそうに笑った。
 どうして彼はここに来たんだろう。どうしてキスなんかしたの。私のことが好きなんだろうか。そんなことを考えた。脳みその一部を、吸い取られてしまったに違いなかった。
 飛行機雲は、いつの間にか消えていて、代わりに青い線がついていた。まわりの空より少しだけ濃い、澄んだ青空が向こうまで続いていた。

「……ねえ、アサクラの下の名前、なんていうの?」

 起き上がって、かきあげた前髪をとかす。風が気持ちいい。横にアサクラがいる。私はまた、学校に行く。

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