愛はきっとピンク色でハート型で、つついたら弾けてしまうの。すごく暖かくて、大きいほど強いんだ。そんな私の脳内イメージは、先生の前では通用しない。くだらない女の妄想だと言うだろう。

「先生」

 今日は呼んでも反応なし。カバーされた文庫本に夢中みたい。その本は買ったのだろうか、なんて本なのか、気になって仕方ない。
 私が睨むように見ても、先生は全く動じない。ぺらりぺらりとスムーズに頁が捲られていく。最近の優しさが気まぐれなのはわかっているけれど、やっぱり寂しくて、私も適当に本を取った。
 会話はない。私たちはそれが当たり前だけど、こんな狭い蔵書部屋の中で他の意識がないなんて、普通だったら失礼にあたるだろう。私も先生も独りを大切にする人間だから、同じ場所にいられるのだ。

「……今日は静かだな」

 本は閉じられ、揺れた前髪が綺麗な瞳を露わにする。この空気ごと、全部届けばいいのにと思った。私は物語の主人公のように言葉にはできなそうだ。その瞳の前では、氷のように冷たくされてしまうから。

「先生は私といても楽しくないかな、と」
「楽しくないって……そもそも君は」
「そうじゃなくて」

 私は図書委員だからここにいる訳じゃないんです。特別、本が好きな訳でもないんです。私は、先生に生徒だなんて言われたくないんです。
 言葉にするにはあまりに単純で、その氷の前ではすぐに溶けてしまう気がした。そんなんじゃ、伝わらない。先生の心の奥の奥の、柔らかい部分には触れない。もう、どうすればいいの。

「どうして泣くんだ」

 突然の涙は、先生を驚かせて困らせて、そうやって自分を嫌いにさせた。先生は素敵なハンカチを取り出して、私の頬に触れる。優しい。私が無理矢理そうさせたんだけれど、それでも嬉しい。

「……僕はこれでも、この時間を楽しんでいるつもりだ」
「本当ですか?」
「顔に出ないだけだ」
「そっか……」

 私が小さく笑いを零すと、先生は顔をしかめて、ハンカチを離してしまった。今まで見たことないような先生に、少し驚いてまた笑ってしまう。

 私は信じてる。先生の冷たい心の中にも、きっとある。見えないけれど、ピンク色でハート型で脆くて強いもの。深く潜って、いつか届けにいくつもり。

「それで、どうして泣いたんだ」
「先生、愛は涙に溶けるんです」
「……答えになってない」

 未熟な私は、まだ愛を形にできない。それが一体なんなのかも、よくわかっていないみたいだった。
 それは、17歳の春のはなし。

090227


星屑にララバイ参加作品
お題:これも愛のかたち

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