とある高校の2階、社会科準備室の隣に図書室がある。冷たい扉に手をかければ、いつもの5、6人のそういう本好きの生徒達が1人ずつバラけて座り、無心に読んでいる。普通の――否、図書室に来たことのない人は、ここに流れる空気を不気味に感じることだろう。照明は明るく、本の捲る音だけ響く。当人は活字の世界へ現実逃避。批判はできない。それは僕も同じだから。
国語教員である僕は、放課後の仕事を早々と終わらせ、蔵書室に入る。担任は請け負ってない。一応図書委員会の担当なので、理由にはなるだろう。つまり、職員室が好きじゃないのだ。
明かりを点けて、ダンボールの上に乗せておいた本を取る。昔映画化した恋愛小説。内容はどうでもいいのだ、世界に入れれば。
「先生」
数ページ読んだところで停止。苛立たないのは久しぶりに聞いたからなのか。
「仲直りしましたよ」
「そうか」
彼女は自慢げに笑った。2週間くらいか。その間は顔を見ていない。泣いていたのかもしれないと思った。
「君はもう来ないのかと思っていたよ」
「どうしてですか?」
活字に目を落としたままの、半離脱状態。機嫌のいい声は、シリアスなシーンには似合わないから読みづらい。
「仲直りしたんでしょう。仲良くしていたいなら、なるべく友達の近くにいなさい」
「でも先生。ここは私の逃げ場なんです」
「……君はまた嫌われたいの」
「嫌われたくないです、けど……たまに来ないと息が詰まります」
気付けば顔を上げて論戦していた。彼女はダンボールに浅く座り、棚の本を漁っている。どうすればいいかわからなかった。
「……もういいよ」
「はい。来ます」
似ているようで違う。たくましい子だと思った。若いから、なのかもしれない。
彼女はダンボールに膝を着いて乗り、僕が開けたことのない窓を開けた。小さいが、オレンジ色の光が差し込み、すうっと冷たい風が入ってくる。寒くないのに震えた。
本が見つかった彼女はまたダンボールに腰掛けて、目を伏せた。僕も同じようにまた活字を追う。でもさっきとは景色が違うだろう? 澄んだ空気も本の香りも。僕は頬に触れる優しい風を聞きながら、次のページを捲った。
今度は紅茶でも淹れようと思う。ここは僕の逃げ場でもあるのだから。
081029