私のクラスにサナエちゃんという子がいる。その子の容姿を簡単に説明すると、のっぽ。男子の半分以上は彼女に負けていると思う。足も長い上に、頭のポニーテールが揺れて、それはそれは美人だった。
 サナエちゃんは、ボランティアをよく行う。地域の美化活動はもちろん、老人ホームの手伝いや子ども会のお祭りの準備をしたり、たまに遠い所に行って活動するらしい。私は中学のときの草むしり以来、そういうものに無関係だったから、よくわからなかった。サナエちゃんは帰宅部で、私も帰宅部なのだけど、なんか違うなあと思った。
 それで、放課後に「私たちってなんか違うねえ」と言ったら、サナエちゃんは目を見開いて、首をくいっと傾けた。ポニーテールが揺れる。

「神様は、サナエちゃんと私をどちらか殺すとなれば、絶対私を殺すだろうよ」
「……どんなきまりで?」
「単純な善悪の判断さ。情けは人のためならずって、ばあちゃんが言ってたよ」

 私が口を尖らせて言う。サナエちゃんはふふふ、と笑う。そうするとまた、ポニーテールが揺れる。

「リツは善人よ。宿題見せてくれるもの」
「……むしろ悪人だと思うよ。世間一般では」
「それだったら私も悪人だわ」
「神様は宿題できなくても怒らないと思うけどねえ」

 カリカリカリ。プリントには、まるで教科書体みたいな文字が並んでいく。私は、向かい合わせになった机に座って、シャーペンと机がつくるリズムを追って、鼻歌を歌っていた。字は美しいのに、サナエちゃんは勉強が苦手だった。毎日彼女がお願いしてくるのが、とてもかわいかった。

「サナエちゃんほどの善人を、見たことがないよ。たぶん」
「ボランティアしてる人なんて、世界にいっぱいいるのよ」
「するのとしないのには、雲泥の差があるよ」
「じゃあ、やればいいのに」
「それは、なんか善人じゃないよ」

 サナエちゃんは、その薄い唇を閉じて、頬杖をついた。ああ、困らせてしまったみたい。
 時間はもう夕暮れの、オレンジ色の時間。窓から鬱陶しい西日が差して、向こうの景色がぼやけている。あれは、なんだろう。この風景は、あの曲に似ている。

「見て! あれ」
「わあ、きれい」

 黒い二つのシルエットが、オレンジの中で向かい合っている。たぶん、特別棟の音楽室のあたりじゃないかな。ずいぶん近いところで、恋愛は進行しているんだなあ。私たちは、ゆらゆらと動いているそれを見ていた。右の背の高い方が、近づく。重なる。

「キスした?」
「そうかも」
「……変なところ見ちゃったわ」
「なんにも関係ないのに、恥ずかしい」
「ふふ、女子二人で」
「多大なる青春を感じました」

 げらげらと教室に笑い声が響く。ああ、本当にもうなにやってんだろ。サナエちゃんの長い髪にオレンジが反射して、なんでも青春に見えるよ。あんなものを見ても、憂鬱にならないのは、きっと隣にサナエちゃんがいるからだよ。

「……かわいいなあ」

 ぽつりと言葉を漏らす。それは、ふわりと夏の風に揺られて消えるかと思った。だけど聞こえたのか、サナエちゃんの瞳は丸くなって、驚きの色が表れる。

「わ、私が?」
「そうですよ」
「かわいいって、言われるの久しぶり……小さいとき以来かも」

 確かに、サナエちゃんの形容詞は最初に述べたように、のっぽ、もしくは美人か。肌がきれいでポニーテールで、その辺の部活少女にはない清潔感を感じさせる。その上、ボランティア活動は優等生のイメージを膨らませ、大人びてますって感じ。実は、勉強できない子なのにね。

「いくらでも言ってあげるよ。かわいいかわいい」
「ふふ。リツは素敵なボランティアするよね」

 オレンジ色の風景の中に、サナエちゃんの頬の色が赤く足されている。薄い唇は緩み、少しだけ前歯が覗いている。キザなセリフだ、と言ってしまったあとに恥ずかしくなる。私が男の子だったら、このシーンは最高にドラマチックに変身するのになあ。向こうのシルエットにも負けないような。
 そんなこと考える一方で、私はサナエちゃんの言葉が引っかかっていた。かわいいって言ったのは、決してボランティアではない。社交辞令ではない。これだけは言い切れると思った。私が、言いたいと、思ったから。

「私も、もっと人のためになることがしたいわ」

 恋するような瞳で、サナエちゃんは呟く。ああ、そうか。サナエちゃんは、幸せがなんなのかわかってるんだ。きっと。

「……サナエちゃん。今度ボランティアに行くとき、誘ってよ」
「なあに? 急に」
「なんとなーく」

 夕暮れは静かに色をなくしていく。教室を覆うそれは少し奇怪なものに見えた。きれいなオレンジ色は、ほんの一瞬なのだなあと思った。
 空に従って、私たちは学校を出た。歩幅が大きいサナエちゃんに並ぼうと、少しだけ早足。それに気づいたサナエちゃんは、ふふふと笑った。ポニーテールが揺れる。
 もう、夜がそこまで来ていた。
 少しだけでもいい、私は、やさしいひとになりたい。

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