「矢崎。はみ出してる!」
「わ、すんません」

 WELCOMEのCの字が、思いっきり太くなってしまった。ああ、これは乾いてからやり直しだろう。佐久間君はそれを見て笑う。

「矢崎〜? 俺もあの後の話が聞きたいなあ」
「ぜってー嫌!」
「あれ、お前……まさか」
「ここでその話振るなってば!」

 この2人に挟まれて話を聞くのも好きだ。似た者同士というか、同等の立場の2人が掛け合ってるのは羨ましく感じる。本当に仲いいなあ。

「佐久間ー。先輩呼んでる」
「うおっ、こんちは」

 そうだ。あの後にヤザキが来てくれなかったら、私はまた自ら独りになろうとしたかもしれない。なんでもいいから、お礼をしてあげたい気分だった。

「……ちょっと、工藤さん借りるわ」
「ん? 私?」

 だから、その話は簡単に承諾した。


 教室の装飾が完成して、パンフレットが配られて、当番を決めて。居残りした放課後も終わり朝がきて、ついに文化祭が始まった。私は、この学校に来てもう半年も経ったのだと感じていた。

 2日間続けて行われる文化祭は、私が1年前にやったのよりはるかに華やかで、みんなバカで浮かれている。私はヤザキと組んで団子屋の当番を済ませたあと、佐久間君と合流して係を手伝ったり、当番でもないのに気になってクラスの前で客引きしたりしていた。
 昼は焼きそばを買って、いつもの階段に座り込む。実は長いこと並んで買った戦利品。階段へは、手前の椅子とビニールテープでうまいこと封鎖してあるけど、気にしないで跨いだ。

「元気か? 疲れてない?」
「全然。慣れてきたのかな……私、調子乗ってるかも」

 少し怖いね、と言うと笑われた。ムッとしてみるが、別に嫌な気はしない。

「いいんだよそれで。それが工藤の普通だと思うし、ずっとそれでいいと思う」

 ヤザキは全くあの男の人とは似ていない。笑い方も包む雰囲気も優しさが感じられる。ヤザキは、少し間が空いて恥ずかしくなったのか、うんうんと1人で頷いていた。私は笑って、焼きそばに手をつけた。

「ヤザキが貸してくれたCDね、良かったよ。ロックって私に合ってるかも。好きだな」

 そう言うと、ヤザキは目を逸らし前髪を引っ張るような動作をした。その次に耳に触れて口元をセーターで覆った。

「……ライブ誘ったら行きたいかも?」
「……行きたいかも」
「わかった」
 目が細くなって、隠された口元が緩んだのがわかる。また1つ楽しみが増えてしまった。それでも少しだけ怖いと思うのは、なんなんだろう。杞憂かな。


 次の日も団子屋はなかなか好評で、終了時刻の2時間前には売り切れた。佐久間君が司会のイベントも、なかなかウケていた。たぶん私がそこに独りでいたら、きっと冷めた目で眺めるんだろうけど、私はその中で誰かがバカにするなんて考えずに笑っている。周りなんか見えなくなる。たまに外が気になるけど、でもそれでいいとヤザキが言ってくれる。

 だいたいの食販団体が終了し、私達は1年生の展示を回っていた。2日間ですっかり歩き疲れてしまったが、文化祭の時間というのはもったいなく感じるのだ。

「……なあ、気になってたんだけど。一昨日」
「あっいた! 工藤さん借りまーす!」

 ヤザキが言いかけて、派手な格好をした佐久間君に呼びかけられる。かなり忙しそうだ。

「ちょっと……え!」
「ごめんヤザキ。あとでまた!」

 ぽかんとしたヤザキは、人の流れで見えなくなった。ごめん、ごめん。何度も心で呟いたが、緊張してきたのか、私は何も考えられなくなった。佐久間君は、私の横をニコニコしながら歩いている。

「本当にヤザキ、喜ぶかな?」
「ぜってー喜ぶよ」

 プレゼントではないのになぜ喜ぶのかわからないけれど、リアクションを考えると面白そうだ。ああ、やっぱり私が喜んでしまっている。
 案内された体育館の更衣室には綺麗な先輩が待っていて、ペコリとお辞儀したあとすぐに着付けを始めた。他にも5、6人がソワソワしながら待機している。校舎にはいつの間にか一般客が消えていて、寂しそうだった。


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