イヤホンから流れる激しい音楽。低く響くベース、意味不明の歌詞、遠くでは誰かが吠えている。
 ヤザキから借りたロックは結構好き。好きになった。通学時なんて眠すぎて何も考えたくないけれど、これは音を辿っていればいいんだ。深い意味は考えなくていい。

――無理。重すぎ。

 音が埋め尽くしているのに、リフレインするのはどうして。私は早足で正門を通り抜ける。最近色づいた紅葉も、バカ騒ぎする生徒も、みんな入らない。早く、早く。

「あ、工藤。……今日は早いな」

 勢いよく扉を開けて、2人を驚かしてしまう。なんだか慌てていたけど笑って、「おはよう」と言ってくれた。ヤザキアユム、17歳、私の友達。ふうと息を付いて、リフレインは止まる。
 ヤザキと佐久間君は、扉に付ける装飾を作っていた。たぶん係である佐久間君に頼まれたんだと思う。

「私も手伝うよ」

 文化祭準備というのは、クラスみんなが割れたり、仲良くなったりして戸惑う。私はクラスTシャツを着て、似合わない黄緑色だけど、それもおかしくて好きだった。
 よくクラスメイトと喋る。名前はだいたい覚えた。材料の物々交換とかでお使いしに他クラスへ行ったときは、名前を知られていたけど、そういうときの対応も私は知っていたから困らなかった。
 これは、ヤザキのおかげなんだと前々から感じていた。彼といる私だから、みんな話し掛けやすくなったんだろうと思う。そして他人との付き合い方を知った私は、少しだけ余裕が持てていた。その基盤にはヤザキがいた。

 絵が上手い子が下書きした線からはみ出さないように、5人共一斉に筆をを走らせる。私とヤザキと佐久間と女の子2人、なぜか輪になっていた。
 そして佐久間君が、あの話を切り出したのだ。

「あんさ、合コンはどうだった訳?」
「あー。彼氏ができたのは……」

 女の子は別の輪に混じる子を指差した。ちょっと悔しそうに見える。その視線に気付いたのか、私に向かって言った。

「工藤さんは? あの後誰かと抜けたよねえ」
「どうなったの?」

 マスカラのついた瞳がこっちに向いて、どきっとする。事情を知るヤザキは戸惑っていて、慌てて早口で答えた。

「えーっと……告白されたんだけど、そんなつもりないって断って、そしたら逆ギレされされて……そのまま帰りました」

 苦笑いで話す間に、ええーっと言う声が何度も聞こえた。佐久間君の顔はヤザキから少し聞いているように見えた。

 泣いたことは言わなかった。やんわりとごまかしたけど、正しくはこうだった。


「抜け出さない?」

 中の空気に酔って、外に出たところに男の人は話しかけてくる。モノトーンでまとめた、ちょっとオシャレな格好の人。気を遣ってくれたのかと思ったけど、どうやら違うらしい。変に近い距離が、やけに気になってしまう。

「……どうしてですか?」
「好きだから?」

 ぴくんと心臓が跳ねた。顔をニコニコさせて私の反応を楽しんでるように見えたから、すぐに強張らせる。なんだ、この人。合コンってこういうものだったの。

「あの、今日初めて会って、まだちょっと話しただけ、ですよね」
「だから何?」
「何も知らないから信用もできません」
「知ってたらオッケーなんだ」
「ちがっ……」

 渇いた笑いが響いた。

「くっ……ごめん、やっぱ無理。重すぎ」

 確かに苛立ちもあったのだろうけど、それは本当に笑っていた。男は笑いを堪えながら、私の肩を抜けて去っていく。なぜか、私が間違っているみたいだった。
 全然怖くなかったし、当然のことのように言い切ったはずだった。だけど無性に怖くて、ちょっと高めのワンピースは今頃になって肌寒いと感じる。遠くから聞こえるメンバーの声は、私を笑っているようだった。
 それから、私は泣きじゃくりながらヤザキに電話したのだった。


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