「本当は眠ってないだろ」
「…………」

 3日もそんなことをしてたら、ヤザキは怒り始めた。枕にした腕を取って、無理矢理引っ張りだす。ごん、と頭を打ったまま、演技をするのは苦しい。

「ちょっと……っ」

 ぐいっと手を引かれ、座っていた椅子は音を立てて倒れた。クラスの目が痛い。でも、立ち止まったら腕がちぎれそうだから抵抗はしない。改めて男の子なんだと思わせる。
 ずんずんと歩いて向かったのは、やはりあの階段だった。人気がなくて、心地いい場所。

 足を止めると、ヤザキはキッと睨んで私に向いた。目を逸らす。

「なんで避けんだよ」
「…………」
「わかんねえよ。なんか言えよ」

 まだ繋がれた腕が、強く握られた。だけど、ヤザキの声はさっきより弱く届いた。
 それでも、ここで折れる訳にはいかない。私は腕を振り払って、思いっきり叫んだ。

「嫌なの! ヤザキといると疲れんの! 毎日毎日、友達って面倒くさい! ヤザキなんかいらな……」

 ヤザキが離れていくのが見えた。涙が溢れる反動で、追いかけた。

 屋上への階段を少し上がって、重たい扉を開ける。青が広がる右端に、ヤザキはぶらりと立っていた。こんなにきれいな景色なのに、それは怖くみえて。

「ヤザキ!」

 夢中で呼んだ。

「私ヤザキがいないと……っ」

 振り返った隙にお腹に手を回して、景色から引き剥がした。ヤザキはすとんと尻餅をついて、私は自然に手をはずす。ヤザキは溜め息をついて、栗色の髪をくしゃくしゃした。

「追いかけて来なかったらどうしようかと思ったあ」
「は?」
「カマかけてみました。工藤、演技へたなんだもん」

 にかっと笑うヤザキ。なにそれ。全部お見通しってこと。私は呆然として、ぺたりと座り込んだ。

「だってヤザキは……私じゃなくても友達いるしっ! 別に私必要ないと思って……」

 悔しくてまた涙が出てきた。くそう。こんなにもヤザキが大事なんだって訴えてる。嗚咽を遮って、ヤザキは口を開いた。

「俺は避けられても平気だったよ。少しむかついたけど……嫌われない自信があったんだ」

 横を向いて、少し拗ねているように見える。ヤザキが何を言いたいのかわからなかった。

「俺は工藤といるのが1番楽しいよ。工藤だってそうなんだろ」
「……うん」
「だから安心してよ。俺は絶対大丈夫だから」

 やっぱり私の考えてることがわかるらしい。涙を拭って、聞いてみる。

「クラス替えしても廊下で素通りしたりしない?」
「おー」
「大人になっても友達?」
「そりゃそうだよ」

 横を向いたままポツポツと返事をくれた。迷いなしに、淡々と。

 いつのまに、こんなにヤザキは侵入してきたのか。それとも無防備だったのだろうか。そんなことを考えて、空を見上げた。

「俺だって工藤いないとやなの」
「うん。嘘ついてごめん」

 ごおっと飛行機が頭上を通り抜けて、白い跡が残った。だから私達は、チャイムが鳴ったのも気づかずに。制服なんてお構いなしに寝転がって、目を瞑る。雲は絶え間なく流れていくのだろう。でも隣には不確かな永遠が横たわっている。
 彼の気持ちよさそうな寝顔を見たら、ずっと傍にいたいと願ってしまった。

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