夕方になって、俺は手ぶらで佐久間の家へ向かう。少し寒くなってきたので、パーカーを一枚羽織ってきた。佐久間の家は数分歩いて、見慣れた公園の横にある。まだ小さかった頃、よく遊んだ場所だった。

「どうしたの?」

 佐久間の声が上から聞こえて、俺は顔を上げた。窓を開けて、そっとベランダに出てくる。微妙な距離に戸惑って、少し大きな声を出してみた。

「工藤が、佐久間くんと仲直りしろだって。降りてこいよ」
「矢崎は工藤さんに弱いね」

 ニカッと笑って、佐久間は窓を閉めた。俺はその間、話すべきことを考えてみる。たぶん俺が躊躇っていたのは、相手が佐久間だったからだ。

「うわ、さみい」
「バカだなお前、もうすぐ冬だぞ」
「ああ、もうそんなんかあ」

 俺たちは意味もなく公園に入る。蛍光灯がブランコを照らしていて、佐久間は当たり前のようにそこに座った。俺は、近くでそれを眺めていた。ギィコ、キィゴと軋む音が、懐かしい。

「……俺、工藤のこと好きだから。だから、手出さないで。あ、でも工藤が浴衣コンテストは楽しかったって言ってたから、どうすればいいか、わかんないけど」

 予想通り、佐久間はにやりとした。もう暗いからか、笑い声は抑えてる。ブランコがいきなり止まって、砂埃が舞い上がった。

「うん。俺だって前から気付いてたけど、矢崎がなんも言わねーから、矢崎が悪い」
「まあ、そうだね」
「気付くのが遅すぎるんだよ」
「すいませんね」
「ま、いいんじゃん? 俺はいいと思う、応援する」
「いや、応援はいらないから」
「ふはっ、このセリフ言ってみたかったんだよね!」

 佐久間はブランコを降りて、そのまま歩き出す。さみいと呟いているが、俺がパーカーを貸すことは決してない。たぶん佐久間もそうだとわかっている。

「あれ、仲直りなんだっけ? これ」
「いや、わかんない。言われたから来ただけ」
「俺らケンカしてたの?」
「佐久間が一方的に怒ってたんだろ」
「いやいや。矢崎がはっきりしないのがいけないんだろー? このまま俺になにも言わないんかと超ヘコんだんだぜ」
「別に言う義理はないだろーが」
「歩サーイテー!」
「名前で呼ぶな気持ち悪い」

 さっき見たはずの赤い空は、すっかり黒に覆われていた。家に明かりが灯り、この見慣れた道を佐久間と歩くのは、少し変なかんじがした。
 いつから友達だったとか、そんなことは覚えてないけど、声を掛けたのは佐久間の方で、俺は結構救われていたんだと思う。そして今でも、この腐れ縁が切れることはないだろうと、どこかで確信しているんだ。

 暑かった夏が終わる。俺はそっと深呼吸をしてみた。

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