文化祭の片付けは、呆気なく終わった。装飾をはずし、机と椅子が綺麗に並んだ教室を見て、なぜか懐かしく感じる。廊下のざわめきは、祭りのあとの熱っぽさを残していた。
 HRが終わり、近づいてくるのは彼女だった。

「ヤザキ、帰ろ?」

 いつもどおりを装って、頷いた。今まで工藤と話していた数人が振り返って、俺を見る。目が合うと、ゆっくりと逸らされた。
 手は取らない。工藤が横にいてそれだけで、安堵した。文化祭準備のときは、あんなに一緒だったのに。当たり前のことが、少しずつ遠くなっていく。

「浴衣の反響すごかったね」
「うん。私もびっくりして……なにをどうしたらいいか……」
「でも、悪くはないでしょ?」
「……うん!」

 工藤の不安げな表情がふっと明るくなる。どうやら、誘導尋問してしまったらしい。それが工藤の答え。俺には関係のないこと。
 そのまま工藤はお昼食べようと誘ってきたので、喜んでお供した。スーパーの中のファーストフード店に入り、今日あったことを話し始める。いろんな人に話しかけられて情報処理が追いつかないのだろう。話すのに夢中で、食事が進んでいない。

「あのね、勘違いかもしれないけど」
「ん?」
「佐久間くんとケンカした?」

 ケンカかあ。そう定義していいかわからないけど、そうかもしれない。そう考えながら窓に目を向けると、同じ学校の生徒が通り過ぎていった。

「すぐいつもどおりになるよ。アイツとは長いから、たまにこんな感じになるけど」
「長いって、いつから友達なの?」
「幼稚園ぐらいかな」
「すごいね! いいなあ……」
「工藤だって、メールしてる友達とは長いだろ?」
「唯とカナは、小学校入ってからだよ」

 工藤の話にすごくたまに出てくる、その2人は工藤の幼なじみだそうだ。今でもメールでやり取りして、普通に遊んだりするらしい。俺と佐久間は、そこまで仲良しじゃない。そう言い張ろうとしたけど、工藤の携帯のバイブがそれを遮った。

「あ、そうだ。今度、唯とカナに会ってもらいたいんだ」
「俺が?」
「うん。友達紹介してよってうるさいから」

 工藤が自信もって友達と言えるということは、たぶん本当に仲が良いんだろう。まあ、それに俺も入っているんだから、苛立ちもなにもない。だけど、きっと、その友達の方が工藤のことをたくさん知ってる。それだけは言える。それが、年月の差というものだ。

「うん。会ってみたい」

 工藤と友達になってから、まだ半年も経ってないのだ。結構知っているつもりだけど、俺はもっと知りたい。誰にも、負けたくない。だって、初めて会ったときからずっと思ってた。恋とかそういうこと抜きで、絶対仲良くなれるような、自分でも訳わかんねえインスピレーションに囚われて。気づいたら声なんか掛けて。

「じゃあ、こっちに来る予定がわかったら、言うね、……ヤザキ?」
「あ、うん。オッケー」
「ふっ」
「なんだよ?」
「なんでもない。帰ろう」

 工藤は、いつの間にか食事を済ませていて、ゆっくりと席を立った。ふと窓に目をやると、学生が通り過ぎていく。フードコートは、空いてる席が見当たらないほど、学生で賑わっていた。知ってる奴は今のところ、いない。

「なあ、送ってこうか?」
「え! 大丈夫だよ、まだ昼間じゃん」
「だよな……じゃ、また」
「ばいばーい。あ、佐久間くんと仲直りしてね」

 俺は振り返って工藤の顔を見た。左右に揺れる手のひらは止まって、工藤は首を傾けてみせた。

「工藤はなんで、俺と佐久間がケンカしてるなんてわかったの?」
「え? そんな、見てればわかるよ」

 ……ああ。コイツは、たまにこういうことを言うんだ。そして当たり前のように、笑うんだ。だから俺は、どうしようもなくなって、いつも自分の知らない自分が出てきて、怖くなる。
 一歩足を踏み出して、工藤を見下ろした。顔が赤いのは、もう気にしていられない。

「……やっぱ、送ってく」
「ええ! 大丈夫だよ」
「いいから、俺が送りたいだけだから」

 学生がまた一人二人、通り過ぎる。風がやさしく吹いて、工藤の髪をなびかせたとき、俺は確信した。そしてそれを、ゆっくりと飲み込む。
 俺は工藤の手をとった。

「ヤザキは心配性だなあ」
「工藤が無防備すぎんだよ」

 その帰り道は、あんまりなにを話したか覚えていない。


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -