「もしもし……?」
「工藤です」
わかるよって突っ込もうとしだが、様子が変なのでやめた。もしかして、泣いてんのか。
「う……会いたい……」
にぎやかな場所にいるらしく、かすれて聞こえる。俺は小さなその一言にドキッとしてしまった。こんな女らしいこと言う奴だったっけ。なんだか耳熱くなってるし。
「今どこ?」
「え……駅前の、ビルの前」
「そこにいて」
電話を切って立ち上がった。時刻はもう9時。佐久間は起きていて、目が合う。
「お邪魔しました」
「……ぎゃんばれ」
「うっせ」
俺は耳を両手で隠して、佐久間から逃げた。1階には親御さんも帰っていて、なぜか夕食も作って待ってもらっていた。俺は慌てて謝って、帰らしてもらった。
9時というとやっぱり暗い。デパートも閉まり始めている。とりあえず走って工藤を探そう。俺はひとりひとり人影を見ていった。
モノトーンのフリルワンピにヒールのある靴。俺は思わず素通りしてしまい、名前を呼ばれて振り返る。いつもスカートなんか履かないだろ。近づいて、袖で涙を拭った。
「どうした?」
「……合コンで、たくさん話せて……こ告白、されて断っ、た……」
工藤はそこで長い息継ぎをした。動悸が激しいのは俺も同じだった。
「し、たら……重いって」
拭いきれないほどの涙が溢れ出す。なぜか俺にはその会話が想像できた。俺はどうすればいいかわからなくなって、その顔を自分に押し付けて、抱きしめた。
「俺はいるから。ずっと傍にいるから」
だから、永遠に絶望しないで。怖いけど、俺は信じていたい。まだ高校生のくせに誓ってやるんだ。こんなに歪んだ友情を。
1回強く抱きしめたあと、離れて顔を覗くと、涙は止まっていた。工藤の顔が赤いのに気づいて、俺も感染する。また耳が熱い。
「じゃあ私が死ぬまで死なないで」
笑った。しかもまた涙出てるし。
「わかったよ」
もう一度袖で涙を拭ってやった。工藤は満足げに微笑んで、帰ろうかと言う。
「送ります」
「結構です」
「人の優しさ踏みにじるなっつの!」
手を取って、歩き出す。自分の立場を理解してほしい。そんな格好で。
「ヤザキって束縛強いね」
「はっ?」
ギクッとする。なぜか佐久間に言われたようだった。そうだ、確かに俺は心配でたまらなかった。合コンの奴らなんかに取られたくなかった。体温がまた上昇する。
手を握るのも、遅い時間に送るのも別に初めてじゃなかった。それでも耳が熱くなるのは、佐久間の言葉をだんだん理解する自分に気づいたからだ。
工藤はクスクスと笑っていた。俺は恥ずかしくなって手を引っ張り、家路を急いだ。
どうか、いつになってもこの手を握っていられますように。今はまだ、この気持ちを胸の奥に置いておこうか。