なんて幸せなんだろうと感じた。大きな悩みなど、これっぽっちもない。学校は文化祭が近づいていて、焦りながらも熱を帯びている。
 今は休憩中で、隣には工藤がいる。俺たちは、ダンボールなどが散乱した廊下に適当に座っていた。手にはコーヒー牛乳、俺はグレープフルーツ。女子と男子でグループを分けられても、結局は一緒に作業していた。
 ドアには団子屋とかかれた布が掛けられ、横に佐久間の似顔絵。かっこわりいけど、クラスにとって必要性を感じる。

「矢崎と工藤さんて、付き合ってんの?」

 いきなり視界に入ってきた女子2人は、口に手を当てて聞いてきた。通りづらかったのかもしれない。

「トモダチ、だよ」

 俺が返す前に、工藤が言った。相変わらずの無表情。なに考えてるかわかんない。

「そっかー、ごめんね」

 期待してたのかよくわからない声で、笑顔つくって去っていく。俺は友達と言われたのがうれしくて、にっと笑ってやった。そしたら工藤は少し照れてコーヒー牛乳を音を立てて飲んだ。

 彼女はやっぱり一匹狼で、基本的に誰とも接しない。声を掛けられれば返す。黒い髪にくりっとした黒い目、日本人ぽい顔立ちをして、無口で気まぐれ。まるで猫みたいな彼女が懐いているのは俺だけだ。俺はそのことを誇らしげに思っていた。


 HRが終わり、帰ろーとかなんとか言って席を立つと、あろうことか工藤が女子に囲まれている。

「え、何何」
「男子はひっこんでて」

 近づいて話を聞こうとしたら、はたかれた。仕方なく離れて聞き耳を立てる。

「うん、だからー文化祭の宣伝も兼ねて」
「彼氏いないんでしょ?」
「工藤さん来てくれたら絶対盛り上がるよ」
「ね、だから合コン」

 思考が止まった。文化祭前でみんな一生懸命な中、その単語が出てくることにゾッとする。俺は慌てて机に駆け寄った。

「はあ? お前ら何やってんだよ」
「もー、矢崎は関係ないでしょ」
「だからってなんで工藤が」
「ヤザキっ」

 女子のかたまりの中心から声がした。俺以外は聞き慣れない、その澄んだ声は少しだけ怒気を含んでいた。みんなが静まり返った後、工藤は音を小さくして言う。

「……先帰っていいよ」

 俺は度肝を抜かれ、ぽかんとしながら、おおと返事した。背を向けると女子はまた騒ぎだして、俺は寂しくなった。

 まだ熱が残る秋の空の下、ワイシャツて仰ぎながら歩く。緑色のネットの向こう側に体育着の奴らがいっぱいいた。きっとあれが青春なんだ。

「矢崎〜! 猫背になってんぞ」

 バカがこっちに走ってくる。部活してる奴から見れば、俺はチャラい高校生に見えんのかな。

「あれ、工藤さんは?」
「……俺なんかしたかなあ」
「は?」

 佐久間はいつもより更に目を見開いて、口をぽかんと開けたまま。描いてあった似顔絵とそっくりだ。面倒くさいと感じた俺は、その場を後にした。


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