見えるはずもない星が、今日はきらめいていた。私は言われた通りに暖かい格好で出掛けた。残念なことに雪は降ってない。ただ白くなった空気がマフラーの裏にじわりとついた。

 シャンメリーはあったのに、ケーキは買ってないんだって。お母さんは、今頃せかせかして夕飯を作ってるだろう。お父さんも、久しぶりにワクワクしながら手伝ってるんだろう。そう考えたら、なんだか可笑しかった。
 大通りは昨年同様に、並木道の青いイルミネーションで綺麗に飾られている。街灯には、ひとつひとつ旗が降りて、少し都会っぽい。すれ違う大人は、穏やかな顔で私を見下ろしていた。
 辿り着いた先は、小さいけどおしゃれなケーキ屋さん。予想通り、すらっとしたサンタクロースが笑顔を振りまいていた。手を振ると、満面の笑み。一気に若返ってしまう。

「やあ、お嬢さん。メリークリスマス」
「健兄! 久しぶりだあー」

 駆け寄ってそのまま抱き付く。赤い衣装は少しゴワゴワしてるけど、体は暖かい。健兄は、付け髭をぺりっと剥がして、への字に曲がった口元を見せた。

「今お兄さんは、サンタさんなんだぞ」

 不機嫌な顔でそう言い張る姿は、少し懐かしい感じがした。健兄は何歳か上の近所のお兄さん。背が高くて、頭が良くて、だけど健兄も昔は子供だったんだと私が気付いてしまうような人だ。

「じゃあサンタさん。プレゼントは?」
「んー、それはお父さんが今日くれるだろう? なんとかブランドの靴」
「さっすがサンタさん。じゃあ、ケーキ買います!」
「毎度ありがとうございます!」

 サンタクロースがいないことは知っている。だけど全然悲しくなかった。世の中のお父さんが一斉に買い求めて、喜ばせてくれるのだと知ったから。
 そして、その年から私は頭の中に願いを置いておくのではなく、健兄を通じてお父さんに頼むことにした。だってその方がサンタさんも困らないし、私は欲しい物が手に入るでしょ。最後に、こうして健兄のバイト先でお礼にケーキを買って終わり。毎年が理想的なクリスマス。

「はい、おまけ」

 会計を済ませると、白く平べったい袋の上に何か差し出される。深緑のリボンが首に巻かれたテディベア。私の掌に収まるぐらいで、なかなか可愛い。

「……くれるの?」
「可愛いだろ」
「うん。ありがと」

 そう言ってみたものの、くれる理由がわからない。健兄は、サンタクロースでもお父さんでもない。だけど、それは問わずにポッケの中に大事そうにしまった。
 気がつくと健兄は、帽子も衣装もはずして、多分さっき店から取ってきたダウンを羽織っていた。手には、何も入らなそうな赤い小さな紙袋がぶら下がっている。

「どこか行くんだ」
「うん。買ってくれたおかげで完売したから、バイトは終わり」
「……それは、何?」
「ああ。これ?」

 私が紙袋を指すと、健兄は、よくぞ聞いてくれましたみたいな、そんな顔で中身を取り出してくれた。出てきた細長くてふわふわした白いケースは、開けるとキラキラと輝く。それは3個だけ宝石のついた、オープンハートのネックレスだった。

「うわあ……!」
「高かったんだよ。まあ、いいんだけどさ」

 照れながら、だけど満足そうにも見えた。毎年バイトする理由は、これなんだろう。私は、どんな風に渡すんだろうと考えていた。

「……私つけたいな」
「だーめ。もう時間なんだ。じゃあな」

 健兄は私の頭をくしゃくしゃして、また「メリークリスマス」と言った。焦って髪を直して顔を上げると、もう健兄は離れている。華やかな周りの光が、染めた髪に反射して綺麗だった。
 健兄が向かった方向は、私の家とは逆方向だ。お母さんが言ってた、駅前のツリーは大きくて綺麗だから見てくるといいよって。だから、みんな向かってる。楽しそうに腕を組んで、私をすり抜けていく。
 私は、向きを変えて家路を辿った。右手で慎重にケーキを持って、左手ではポッケの中のテディベアを確かめる。辺りは家を出たときよりもずっと暗くなって、イルミネーションがよく映えていた。まるで光の中にいるみたいに。

 サンタクロースは、私のいちばんの願いは叶えてくれない。だってサンタは、お父さんだって健兄にだってなれちゃうものなんだから、当たり前。プレゼントをくれるだけで、魔法使いではないんだ。わかってる。

 ショーウィンドウに映った私の姿は、とても小さい。さっきから、ネックレスのキラキラが目の奥でちらついて離れない。
 だけど、お母さんとお父さんが心配してるだろうから、急がなきゃ。家にだってツリーはあるし、明日の朝には欲しかった靴が届いてる。帰ったら、まずはシャンメリーで乾杯して祝おう。
 そんなことを考えて、黒くなった空を見上げた。残念なことに雪は降ってない。ただ白くなった空気がマフラーの裏にじわりとついた。

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