「例えばさ。明日地球が滅亡するとして、だよ。今日の晩ご飯は何食べたい?」
「カレー」
「……だから今晩の話じゃなくてさ」
「今晩のでも、最後でも、穂奈美のカレーが食べたい」
「なにそれ。つまんないの」

 簡単だからいいけどね、と彼女は言って台所へ向かう。白いキッチンとエプロンをした後ろ姿は、まるで新婚みたいだと少しだけ思った。今日は久しぶりに家に来て、カレーを作ってくれるらしい。昔、彼女のお母さんが作っていた甘いカレーだ。僕の大好物。
 気付けば緩んでいた口元を戻し、麦茶を飲む。彼女は今日泊まっていくんだろうか。ふと考えてみる。僕らはそういう関係でも、何でもなかった。

「穂奈美は何を食べるの」
「ん? 何が?」
「例えばの話」
「えー。フルーツがいっぱい乗ったパフェ、とか」
「それ晩ご飯じゃないじゃん」
「いいじゃない別にー」

 まあ、カレーの後にパフェが出てきたら、甘党の僕としては幸せなんだけど。あいにくフルーツいっぱいのパフェは今晩は実現できそうにない。それにしても、最後の晩餐というのは、どんな気持ちなんだろう。いくらお別れの日だからといって、カレーの前で泣く僕は想像不可能だった。それは彼女の場合もだ。

「じゃあ、例えば。明日地球が滅亡するとして、今日は誰と過ごしたい?」
「お母さんとお父さんと……」
「ぶー。一人限定」
「えー!」

 僕が意地悪を言うと、彼女は鍋の前で考え始めてしまった。一人だけというのは、少し限界がある。最後まで幸せに過ごせて、後悔のない人がいい。でも考えてみると、案外絞れないものだ。意外にも、自分は人と関わりを持って生きてきたことがわかる。

「……でもさ、これって願望だから、実際には無理なことの方が多いんじゃない? 私が最後だけ一緒にいたいって言っても、相手は別の人と過ごしたいかもしれないでしょ」
「あー、そっか」

 二人一組には無理がある。好き合っていたら成り立つが、それ以外はエゴでしかない。カップルの原理と同じだった。独り身は寂しい最期を迎えるのかもしれない。なんだか残酷だ。

「……明良は、いるの?」
「へ?」
「一緒に過ごすようなひと」
「……いない」

 僕を一番にしてくれる人なんて、いるのかな。

「じゃあ、約束」
「え? 何が」
「最後は一緒に過ごすってことよ」
「いやいや。まだわかんないよ? この先、穂奈美にも大切な人ができてくるでしょ」
「そうだとしても……最後は、明良の隣りでピアノが聴きたい」

 息がつまる。それは、どういうことだろう。命令? 僕は笑いを零して、ごまかす。僕は彼女に弱い。

「本当にそれでいいの? 彼氏が不憫ですよ」
「いいのよ! あんただって、彼女といても私が引き剥がして連れていくからね」

 はいはい、と僕は頷いて、どうぞご自由にと心の中で呟いた。絡みつくカレーの匂いが僕をさらに嬉しくさせた。
 彼女が隣りにいてくれるなら、世界が終わるのも怖くないだろうな。ああ、でもどうだろう。ずっとこのままがいいって、願ってしまうかもしれない。

「穂奈美」
「なあに」

 明日になれば、部屋についたカレーの匂いも、彼女の香りも、薄れていくだろうから、今夜だけ。

「今日は泊まってって」
「えっ」
「ピアノ弾いてあげる」

 目線をあげて、驚いた顔は緩み、物欲しそうな表情をした。彼女の弱点を見つけた、僕のピアノだ。

「……じゃあ、私が眠るまで弾いていてよね」

 理由がピアノであれ僕であれ、彼女が求めてくれるなら、僕は生きて、弾き続けるだろう。いつかまた、逢うときのために。
 約束の曲を一曲。

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -