小さい頃の友達というのは貴重なもので、今でもメールをくれる。
他愛のない会話、真面目なお話。いずれにしても気まずさなどない。偽りではない自分がいる。それはやはり長年の付き合いか。その子は絶対的な安心感をくれる。
ずっと離れないと思っていた矢先の、転勤。それは私にとって恐怖でしかなかった。
どちらかというと消極的、どちらかというと地味な私は、転校してからしばらく独りだった。だけど苦しくはなかった。大抵の時間はメール。1人だからって気にする人はあまりいない。高校は自由で楽だ。
1人でも寂しくない。大丈夫。そう思ってた。
「またメールしてる。もしかして恋人?」
彼は斜め上から見下ろして、私に話しかけてきた。少し焦って携帯をたたむ。
「ち、がうよ。友達」
少し栗毛の、短髪の男の子。いい人そうに見えるのは、きっと笑うときになくなる目のせいだ。名前は覚えてない。けど、確か隣だったような。
「俺もメールしたい。アドレス教えてよ」
「……いいけど」
そんな突発的なことを言い出して、私はよくわからず承諾した。交換を終えると、彼は誰かに呼ばれて走っていく。1回くるっと回って私に手を振ってから。
いいよ振らなくて、そう思いながら私は変な気持ちになった。友達いるなら別に私に声かけんな。心の中で叫んだ。
〈工藤さんこんちはー。今起きてる?〉
〈誰?〉
〈矢崎歩。隣だから知ってんのかと思った〉
私の心も知らず、ヤザキは頻繁にメールを送ってきた。私はそれとなくメールを繰り返す。ヤザキは何かと質問を投げつけ、私の情報を吸収していった。私もだんだんわかってきた。……ヤザキとは気が合うのかもしれない。
そんな日々を過ごしていくうちに、学校でも時間を共有するようになった。
「工藤、購買いこー!」
「あ、待って」
慌てて財布を探し出し、廊下へ向かう。扉に寄りかかったヤザキは、また名前を呼ばれていた。
「矢崎、メロンパン! 後払いで」
「無理。余裕ないもん」
「じゃ工藤さん! お願いします」
「……わかったー」
ヤザキといると、周りと話せるようになった。少し嬉しかった。学校の居心地がいい。
「ヤザキは何買うの?」
「たこ焼きパン!」
「……似合わない」
そう言って笑ったら、ヤザキは少しいじけた。とりあえず私は元気。ヤザキの前なら素でいられる。
屋上までの階段に座って、パンを食べるのが、私達の昼休みの日課になっていた。
「矢崎ー! 俺も購買」
「はいはい。工藤、行っちゃうよ?」
矢崎はまた名前を呼ばれていた。その友達は、クラスで一番の人気者だった。私はへらへらと笑って嘘をつく。
「あ、今日お金忘れた」
「そっか。じゃ後で!」
私は屋上に行かなかった。もやもやした何かが、体内を埋めつくしていた。それは怒ってるという感情に近い。いつから生まれたのか、最初からなのか、わからないけどイライラする。ヤザキと仲良くなっていくうちにそれは増殖して、ついに外に出てきたみたいだ。
空腹を満たすために自販機でコーヒー牛乳を選ぶ。午後まで持たないかもしれないけど。
その時、後ろで声がした。
「工藤?」
振り返ってしまった。私を呼び捨てにするのは彼しかいないのに。
「なんで……さっきのは嘘?」
「うん」
真面目な顔にどきりとしたが、目を逸らして平静を保つ。私はパックにストローを差して、無言で立ち去った。なにも言わないヤザキに対して、私はまたモヤモヤした。
傷ついただろうか。傷つけばいい。だって私は、こんなにも苦しいんだから。
午後の授業は寝たふりをして、夜のメールは返さない。私はきっと賭けをしてけをしていたのだ。
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