「昨日、バイトですっごい遅くなっちゃって、雨降ってきてどうしようってなってたときね。いきなり車道からクラクションが聞こえて、なんだろって思ったらバイトの先輩だったのよ。ああ、その先輩はね、○○大学に通ってるんだけど、すごいかっこいいの。顔だけじゃなくて、本当に接客とか完璧なんだから。お客さんの中にも、先輩目当ての人絶対いるんだから。あー、さっきの続き。先輩が送っていくよって言うから乗ってったの。助手席よ? 男の人が運転する姿ってやっぱりいいよね。なんか変に緊張しちゃってさ、あまり話せなかったんだけど……でも、私がいきなりメアド教えてくださいって言ったら、かわいい笑顔で、いいよって言ってくれたんだよ。あれは心臓が飛び出そうだった。やばかったよ。それから、私の家の前に着いて、先輩とアドレス交換したんだ。私からメールするのは、なんだか怖かったから、先輩にメールしてくださいねって言ったの。したら、いいよって。笑顔がキラキラしてて、えくぼがかわいくて、私は先輩のこと好きだなあってわかった」

 俺は仁美の頬が明るくなるのを、観察するように眺めていた。仁美が飲食店でアルバイトしているのも知っている。かっこいいと噂の大学生の先輩がいることも知っている。その先輩が仁美に優しく指導してくれたという話も知っている。仁美がその先輩に気があることも知っている。俺は仁美のことを、結構わかっているのだ。

「寝るまで、ずっと先輩のメール待ってたのに、全然送って来ないんだよ。ひどくない? 勝手にバイト辞めてるし、私になにも言わずに遠くに引っ越しちゃったんだって。意味わかんないよね。だから私もバイト辞めてきちゃった。だって、先輩いないならバイトする理由ないもん。いつかこっちに戻ってきたら、殴ってやろうって考えてる」

 仁美は白い歯を見せる。見せつけるように。俺はどうしたらいいかわかんなくなって、仁美の頭を撫でた。ぐちゃり、と仁美の表情が崩れる音がした。

「なんでなにも言わないの」
「ごめん」
「なんで謝るの! ここは笑うところなんだから!」

 ぐしゃぐしゃの髪に隠れた仁美の顔は、死人みたいに青白くて、さっき見たピンク色の頬は消えている。いつも整えているはず爪先はボロボロ。小学生のときに爪を噛むのは止めるって言っていたくせに。ぜんぜん大人に近づいていないじゃないか。

「……先輩よりいい男なんかいっぱいいるよ」

 絞り出した解答を、かすかに笑いながら俺は言った。残念ながら、作り笑いにしか聞こえなかった。だけど、仁美は満足げな顔をして、俺の髪を撫でた。

 ごめん、仁美。俺は全部わかってる。仁美の話を、笑うことなんてできないよ。
 先輩は帰ってこない。仁美の恋が始まった瞬間に、交通事故で雨の中へ消えた。

 仁美は今も恋をしていて、それが止まることはない。先輩はまだ生きていて、先輩のメールが来るのをずっと待っている。だけど、絶対に自分からメールをしないんだ。仁美は、バカで頭のいい女だから。

 ああ、俺は傘になれるだろうか。

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