「はにゅー…羽入、どこにいるの、返事なさい!」

自分と沙都子の布団を片付けて終え一息吐くと、先程まで隣にいたはずの角娘がいなくなっていた。
まさか…とすぐに合点が行き台所に走ると冷蔵庫が開けっ放しになっている。

「あの馬鹿…っ」

読み通り、近所の人に今朝もらった人数分のシュークリームが一つ減っていた。

「羽入出てきなさい、今すぐ出てこないとただじゃおかないわよ。そうね…手始めに今夜の夕食はキムチのオンパレードにでもしてあげましょうか?」

これなら家のどこに隠れていても聞こえるだろうという声量でそう言って、

「あ…そういえばキムチが残り少ないんだったわ、買い物に行ってこようかしら」

これまた聞こえよがしに付け足してゆったりした足運びで玄関へ向かうと、少し遅れて控えめな足音が聞こえた。
くるり、勢いよく振り返って睨むと足音の正体はビクッと震えた。

「食べるのはあとにしなさいって言ったでしょう?」

口端にクリームを付けているのにも気付かないままのお馬鹿さんに説教をしようと詰め寄ると一方、羽入はオロオロと目を泳がせた。

「でっ、でもでも、梨花は良いって言ったのです!」

「私がいつそんな事を言ったというの?おかしいのは耳と頭どっち?」

「どっちもおかしくないですよっ、だって梨花は言ったのですぅ…!」

「だから何を言ったってのよ!」

「あう…お布団片付けないからシュークリームあげないって」

「それがどうしたのよ」

「だから、自分のお布団片付けましたです」

目に涙を溜めて尚訴える羽入に私は正直呆れた。
いやもう、呆れるとかそんなのを通り越して可哀想になってくるのは何故だろう。
弱すぎる頭に眩暈さえしそうである。
布団を片付けないからシュークリームをあげない、という言葉は羽入には逆に取れたのだろう。
ならば片付ければ食べていいのだ、と。
……違うっての。

「はぁ…それはね、今日の夕食後に食べようと思ってたのよ。人数分なんだから、三人で食べればいいじゃない」

ちなみに沙都子はレナに連れられて宝探しと称したガラクタ集めに出掛けている。
たまにはこのあうあう言ってる神様と二人きりの休日でも良いかと、誘いは辞退したのである。

「あうあう…だって梨花、そんな事一言も…」

「私だって、そんな事言わなくたって分かってくれると思ってたわよ。…まあいいわ」

溜息と一緒に吐き出して、その言葉に安堵した羽入を追い詰めに掛かる。

「今夜私と沙都子が食べる時、あんたの分は無いんだからね」

「あう?!何でですか、ずるいです」

「何言ってんの、もう食べたじゃない」

残念でした、と口端を吊り上げると、羽入はみるみる内にぼろぼろと涙を零し始めた。

「ひっく、あぅ、あううう…」

なんてイジメがいのある子なのかしらといつも思わずにいられない。
…しかしまあ、さすがに悪い気になってくる。
仕方が無いわね、私のを半分あげるわよ。
そう…言おうとした、まさにその時だった。

「梨花、羽入さん、ただいまですわ」

「あ…」

突然のことにおかえりと言うのも忘れて、沙都子の顔を見つめ返す。

「あら…?羽入さんどうしましたの?」

「あうぅ、あぅあぅっ…」

未だ泣き止まない羽入が声の主を見上げると、沙都子はハッとしたように梨花を見た。

「まさか、また梨花がいじめたんですの?」

常日頃辛いものを食べさせて楽しんでいたこともあって沙都子は呆れたように笑い、梨花も合わせて笑った。羽入がプチ、というナニかが切れる音を聞いたのは気のせいでなく梨花から発せられたものだろう。

「何でもないのですよ沙都子。ただ、羽入が今日のデザートを先に食べちゃっただけですよ」

「一人で先に?それだと羽入さんだけデザートがないですわ」

「羽入はそこまで頭が回ってなかったから教えてあげたら、しくしくしくです」

「そうでしたの…それは自業自得だから仕方ないですわね」

苦笑する沙都子に梨花は相槌を打って、財布を手にした。

「今日のお夕飯はキムチ鍋にしようかと思うのですけど、キムチがちょっとしかないからお買い物に行ってきますです」

「だったら私も一緒に行きましてよ?」

「沙都子はお宝探しでお疲れさまだから、お家で待ってていいのですよ。ご飯炊いておいてくれますですか?」

頭をいい子いい子と撫でると照れながら

「じゃあ、お言葉に甘えさせていただきますわね」

とエプロンを取りに部屋へ向かった。
それを見送って玄関へ行こうと立ち上がろうとすると、羽入にスカートの裾を掴まれ体勢が崩れる。

「何よ羽入」

「り、梨花っ、キムチ鍋って…ほんとに…?」

「ほんとに決まってるでしょ?楽しみに待ってなさいよ」

あうあうあうと嘆く羽入の手からスカートを逃がして踵を返し、我慢していた笑いをやっと零した。

「くす…ほんと、イジメがいがあるわね」


許してあげようとしたその時に沙都子が帰ってきてしかもいじめたなんて間違われて、羽入にどう八つ当たりしてやろうかと思ったけれど、それは夕食をキムチ鍋にすることでチャラにしておいて。
そうね…シュークリームも買って帰ってあげたら、どんな顔するかしら?
沙都子には、素直じゃないですわね、なんて笑われそうな気もするけれど。
どうせなら、三人一緒に幸せでいたいじゃない?
まあ、羽入だけ二つ食べたってなるのもずるいから、今日のキムチ鍋はいつもより辛めにしてみようかしら…なんてね。
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