ぼんやりとした記憶だ。
そこには明確さという言葉の欠片も無く、もしかしたら見た夢を思い出として頭に片付けてしまっただけかもしれない。
実際、とあるテーマパークに出掛けたことがあったよなというのをふとした拍子で思い出し、母親に言ってみた事があるが
「何言ってんの、そんな所に行ったことないわよキョン君」
と間抜けなニックネームでからかわれただけである。
そうして俺は思った。
なるほどあれは夢だったのか、とね。
であるから、これから俺が話そうとしている思い出とやらもその程度のものでしかないということは理解しておいてもらいたい。
確かそれは、光陽園でのことだった。



近所の友達に連れ出されて鬼ごっこやら隠れん坊やら、至極子供らしい種目を楽しんでいたように思う。
今の子供の遊びといえば全く、インドア派だか何だか知らないが家に篭もりっぱなしで液晶画面と睨めっこなんて不健康極まりない。
まあそれはさておいて、そのようなわけで日が照る中は知ったり息を潜めたりして遊んでいたわけである。
汗だくになった気がするし半袖だった気もするので恐らく夏だろう。
さすがに疲れて息が切れ、俺は木陰で身を潜めて休んでいた。

「キョン君ですか?」

付けられて間もないあだ名なのに何故知らない人に自分がそう呼ばれているのかを不思議に思った。
普通はここで不審に思うべきなのだが、俺がそう思わなかったのは彼女…というか当時の俺からすればお姉さんがもの凄く可愛かったからである。
もちろん顔までは覚えちゃいないが、とにかく可愛かったことだけは覚えている。

「…お姉さん誰?」

「みく…かな、キョン君」

自分の名前だというのに疑問軽なのはいささか気になったのだが、これだけ可愛いのだ。
きっと何か人に言えない理由があるに違いないと、子供心にそう思った俺である。…マセガキだな。

「ね、キョン君。一緒に遊ぼうか」

…何で?
とは絶対に言わないのだ。
きっと何か人に言えない理由が(以下略)とか思ったわけである。…ほんとマセガキにも程があるな。
まあそれくらいに雰囲気までほわほわで、悪い人なのだろうかなんて邪推な事は欠片も思わなかった。
ちなみにこの時点で、俺を此処まで連れ出し一緒に遊んでいた友人達の事なんて頭から抜けている。



「こう言うのもなんですが…薄情な人ですね」

古泉はいつものニヤケ面でメイドイン朝比奈のお茶を啜った。
この場合どっちのメイドなんだろうね。
綺麗とも言えない部室を輝かせんばかりに照らす光であり天使であり萌えの神に君臨するお方、朝比奈さんは今日出されたらしい宿題と闘っていて長門はいつも通り手がつりそうな思い本を読んでいる。
もはや英語ですらなく俺にはタイトルさえ解読出来ない。
話を遮った当の本人は何知らぬ顔で「どうぞ、続きを」と言わんばかりの微笑みを浮かべていた。


“みく”と名乗った女の人は腕時計を何度も確認していたように思う。
時間を気にしていたのだろうか。
去り際に彼女は
「私の事を忘れていいけど、いつか思い出してね」
と、そう手を振って何処かへ消えた。



「忘れていいけど、ですか…その女性は何がしたかったのでしょうね」

「さあな。特にオチも無い話だけど聞きたいって言ったのはお前なんだから文句言うなよ」

「言いませんよ。素敵なお話ありがとうございました」

こんなくだらない話をしているのも、用事でハルヒがいない部室は平穏でありボードゲームに少し飽きたからである。
実を言うとこんな事覚えちゃいなかったんだが、昨日似たような夢を見てふと思い出したんだ。

「結局のところ…彼女の言う通りになったんじゃないですか?」

腕を組んで考えるような仕草でさえ絵になりそうなムカつく奴はにこやかにそう言った。

「どういう事だ?」

「だって君はその日の事を忘れ、思い出したわけでしょう?彼女の望み通りに」

「望みったって…そんなの叶ってもどうにもならんだろ」

俺が今思い出したって何の得になるというんだ一体。

「ふむ…」

考えるフリをするなら少しは顔もそれらしくすればいいのにこいつはニヤニヤしたままなので不気味だ。

「逆に考えたら良いんじゃないですか?」

逆って何だ?

「そうですね例えば…あなたが思い出してくれないと困る理由がある…なんてどうですか?」

何だよその理由って。

「さあ…それこそ僕にはわかりかねますが。良いじゃないですか、よほど可愛い人だったのでしょう?」

「まあな。多分、朝比奈さんに匹敵するくらいなんじゃないか?」

「へえ…」

それだけを意味深に言うと殊更気持ちの悪い笑みを浮かべて、未だ宿題と格闘している朝比奈さんに目を遣った。
反射的にそれに倣うと、心なしか朝比奈さんがビクッとしているように見えた。

「まさかお前…」

「さあ…僕にはわかりかねると言ったでしょう?ただ話を聞いて、ある線が頭に浮かんだものですから」

古泉はそれ以上何も言わず朝比奈印のお茶を口に運んだ。
こいつのせいでというのは気に食わないが、何かが繋がった気がした。
『キョン君』『みくる』『みく』
ここまできたらもう答えなんかわかりきってるだろう。

「なあ、だけどそれだと矛盾しないか?」

「そうですね、矛盾するといえばしています。けれどはっきりとしてる事なんて多くはありませんから。あるいは、君が言ったようにそれはただの夢かもしれませんしね」

「…そうだな」


借りに、あの女性を朝比奈さんだと仮定しよう。
なら、俺に会いに行く必要がどこにあったというんだ。しかも小さい時の俺に。
もしかすると俺がこの話をして、それを朝比奈さんが聞いたからだろうか。
だとすれば其れは『規定事項』以外の何者でもない。
しかしまだ疑問は残る。
先程朝比奈さんが反応した理由は何だ。既に知っていたというなら“俺から聞いたから”という説は崩れ去るんじゃないのか?
まあ…こんな思想はただの考えすぎで、最近思い出したあの出来事はただの夢なのかもしれないけれど。
どうも迷想気味だからこの話を古泉とするのはもう止めにして、癒しの源を摂取するとしようかな。

「朝比奈さん、お茶いただいてもいいですか?」

「あっ、はぁい、ちょっと待ってね」

彼女は見事なまでのメイドスタイルで天使の如き微笑みを俺に向けてとてとてと擬音が聞こえてきそうな可愛らしい足音で走って来た。
今日も今日とて、平和である。








―……
それは、昔の話。
きっともう覚えていないだろう、彼がまだ小さい頃の話。
去り際に、彼は彼女にこう尋ねた。

「また…遊べる?」

「うん。いつか、ね?」

「いつかって?」

再度彼が尋ねると、彼女はぎこちない可愛らしいウインクをして微笑んだ。

「ふふ…それは、禁則事項です」
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