もう、何もいらないと思った。 どうせ全てを失くしてしまうのならば。 初めから、何も無ければいいと思った。 守ることすら叶わないのだから。 七色 「赤、橙、黄、緑…」 前触れも無しに呟き始めた彼女を少し不思議に思って、けれどすぐに合点がいった。 「青、藍、菫…だね」 続きを口にしても彼女は怒ることなく、嬉しそうに笑った。 「そう、虹の色」 彼女の目に映っているのは太陽と反対側の空に見える円弧状の帯。 二人しかいない放課後の教室の外からは、運動部の威勢の良い声が聞こえてくる。 「虹の根元、見てみたいよね。虹の上を歩くのも良いかも」 「そうだねぇ…」 「とか言いつつ虹一、どうせ心の中であたしのこと馬鹿にしてるでしょう」 目線を戻して挑発的に笑って言う彼女に、バレちゃったか、と返した。 「ふふーん、虹一の考えてることなんてわかるのよ」 「はいはい君には敵いませんよ」 そして、心の中で呟く。 本当の意味で、馬鹿になんてしていないよと。 虹の仕組みも、それが無理な事も、全て分かった上で彼女は夢を描いている。 きっと彼女には科学とかそんなのはどうでも良くて、こうだったら良いと純粋に思うだけなのだ。 「何で、虹が好きなの?」 浮かんだ疑問を口にしてみると、返答は意外なものだった。 「ただ単に綺麗だっていうのもあるけど…同じだから」 「え?」 「虹一と、字が同じだから」 何と返したら良いのかと考えていると、あれっ照れてる?と楽しそうに顔を緩ませた。 「こういちー?」 返事をしないことを不審に思ったのか、彼女は首を傾げた。 「例えば…さ。僕が不老不死とかだったとするじゃない。そしたら君と一緒に死にたいって願ったりするかも。…って言ったらどうする?」 「何急に、何かの影響?そんな映画とかあったっけ」 「まあ、そんな感じ」 突然な質問、しかも変な例え話に少し考えて、口を開いた。 「もし私が不老不死だったら、虹一と同じこと思うかもしれない。だけど、反対に虹一が不老不死だったら…一緒に生きたい」 また少し虹を見てから、僕に向き直ると困ったように笑った。 「だって、死ぬことを希望に一緒にいるなんて、悲しいじゃない?だから、死ぬことではなくて、一緒に生きていくことを夢見たい」 そんな彼女に僕は瞠目した。 何百年も、それこそ気が遠くなるような時を過ごして。 恋人も、友人も、大切な人は寿命や事故で死にゆき、自分だけが取り残される。 時代が移り変わっても僕の命が終わりを迎えることは無い。 もういっそ、大切なものを作らなければいいと思っても、いつしか大きな存在になっている。 どうせ失くしてしまうのなら、大切な人などいなければいいのに。 一緒に死ぬことを夢見ても、叶うことなどないのに。 …けれど、彼女は言った。 一緒に生きたい、と。 その言葉がどれだけ僕の心を軽くしてくれたか、どれだけ愛しく思ったか、どれだけ涙が溢れそうになったか、君は知らないだろう。 「やっぱり、敵わないね」 熱くなる目頭を堪えて苦笑すると、同じく彼女も目を細めた。 「ふふ、だから言ったじゃない」 いつの間にか握られていた手の温もりが、心を包んでくれた気がした。 七色の虹と君と僕 (叶うなら、その夢を) |