朦朧とする意識の中で携帯を手に取った。
電話帳で探すまでもなく彼の番号は短縮ダイヤルに入っている。
学校に欠席連絡をするよりも早くこの人に電話しないと後が怖いのだ。
とは言っても今日は国民の休日であり学校はないのだが。
では何故、というと確か今日は風紀委員の集まりがあったはずなのだ。
3コールほどで彼の声が耳に届く。


「もしもし?こんな朝から何の用?」

「すいません雲雀さん…熱が出て、布団から出れないです…」

思ったよりも声が掠れてガラガラになっていて自分でも驚いた。


「ヒドイ声だね。大丈夫なの?」


段々と彼の声が遠くから聞こえるようになる。
喋っているということはわかるのに、頭がふわふわとしていてその内容がわからない。


「名前?聞こえてる?」

「ひば…り、さ…」


ああ、もう駄目だ。
携帯が手から落ちるのを感じながら意識を手放した。








ゴト、という音がしてそれきり呼びかけても返事が無くなった。
限界だったのだろう。
どうしようか、ということを考えるまでもなく身体は正直だった。
バイクのキーを手に立ち上がっている。


「雲雀さんどうかしましたか?」

「ちょっと急用がね。何かあったら代わりにやっといてくれる?」

「はい、わかりました」


事務仕事を手伝っていた草壁にそう言い置いて応接室を出ると、少し頭が冷えた。

(僕にここまでさせるなんてね)

学校の秩序を守るため、生徒を外敵から守るためには動いても、誰か個人の為に何かをしたことはない。
何を間違ったんだかわからないけれど風紀委員会に入ってしまった彼女のことを、何となく気になってはいた。
けれど、まさか自分がこんな行動に出るなんて思ってもいなくて。
良くも悪くも感情に素直なのだろう。
かといって、苛つくままに群れている連中をトンファーの餌食にすることは、彼女によく思われないだろうけれど。









「んー…」


おでこが冷たくなったような気がして目が覚める。
といってもだるさや熱であまり意識がはっきりとしない。
気持ちの良い何かに手を乗せると、熱のあるものに触れた。

(手…?)

ぼんやりと考えて、ハッとする。
自分以外の人がいるはずない、のに。
慌てて目を見開くと、そこにいたのは予想外の人物だった。



「ひばりさ、ん…?」

「そうだよ。じゃなかったら誰だって言うの」

「えと、それは…」

口ごもりながら起き上がろうとすると、額に当てられていた手で制される。
それと同時にまだ触れたままだったことを思い出し、引き下げた。
恥ずかしさで余計熱が上がった気がする。

「何でわざわざ来てくれたんですか?今日は委員会があるから忙しいんじゃ…」

「草壁に押し付けてきたから問題ないよ。それより自分の事心配したら?倒れるなんて余程だと思うけど」

彼の隣には薬局らしいスーパー袋があって、冷えピタや風邪薬が入っているのが見えた。
冷たかったのはこれなのだろう。


「勝手に水汲んできたけど、薬飲める?」

箱の裏を見て年齢に適した個数を取り出して水の入ったコップと一緒に差し出されるけれど、いかんせん寝たままではどうしようもない。
それを訴えると「ああ、」と頷いた。

「喉渇いてるでしょ、そのまま飲むのはきついよね」

言われてみれば確かにそうだ。
熱で乾いた喉に薬なんて入れたら咽てしまうかもしれない。

名前が頷くのを見ると、雲雀は無意識に表情を和らげ、自分の口に水を運んだ。
まさか、と思う暇もなく顔が近付いて唇が重なる。
舌で押し割られて口の中に水が入ってくる。
雲雀の唇から零れた水滴が名前の顎を伝って落ちた。

「ふ、ぅ…」

自分の舌に雲雀のそれが触れて思わず反応する名前に、彼は唇を離すと楽しげに口角を上げる。

「ひ、ひばりさん何してっ…!」

反論する暇を与えず名前の口の中に薬を押し込むと、先ほどのように水を飲ませた。
ごくん、と飲み込んだのを確認してから舌を絡ませて弄ぶ。

「っ、はぁ…」

キスをする相手なんかいなかったから慣れていないのに、深い口付けを与えられて名前の顔は朱に染まっていた。
熱で潤んだ目も雲雀の熱を昂ぶらせるだけである。


「ね、名前。今日僕が誕生日だって知ってた?」

「は、い…」

「じゃあいいでしょ。僕に君を頂戴、」

「えっ…でも、それは…」

狼狽る少女の様子にくす、と笑いを漏らすと雲雀は熱で張り付いた前髪を掻き分けて瞼にキスを落とした。


「変な意味じゃないからね」

本当は、そんな意味も持っていたけれど。
まだ未熟な自分で彼女を汚したくはないから。
責任を取れるようになったその時に、思う存分喰らい尽せばいい。


「好きだよ。だから、くれる?君を」


名前は少し躊躇った振りをした。
答えなんて、考えるまでもないのだ。


「…誕生日、おめでとうございます」

返事の代わりにそう言って身体を起こし、頬にキスをした。
それが彼女にとって精一杯なことは真っ赤な顔を見れば明白で、雲雀は満足そうに目を細めた。

「もう寝ていいよ、悪化したら悪いから」

横になるよう促され、熱なのか恥ずかしいのかでわからない暑さで包まれる。
目を閉じるとだるさが押し寄せて、眠りへと誘われた。

「おやすみ」

頭を撫でながらそう言った雲雀の瞳が愛おしさで包まれていたことを、既に眠りの世界に旅立った名前は知らない。





鯉幟






目を覚ました少女が辺りを見回すと誰もいなくて、あれは夢だったのかと落胆する。


「ワオ、起きたの?丁度良いね」

扉を開けた彼の手にあったのは病人食として定番のお粥。

「お腹空いたでしょ?まあ、作れないからレトルトだけど勘弁してね」

枕元に置く雲雀を見ながら頬を緩めると、「どうしたの」と問われる。


「夢だったかと、思っちゃったんです」

素直にそう答えると、そんなわけないじゃないと小さく笑われた。


「ねえ、そう言えば何で私が風紀委員になったか雲雀さん知ってますか」

「知らない。何で?」


雲雀さんを好きになったからです。


思えばあの日も子供の日だったような気がする。
確か去年の今日だ不良に絡まれた自分を助けてくれたのだ。
彼はそれを覚えていないかもしれないが、私はそれを鮮明に覚えている。
もちろん、それだけで好きになったわけではない。
目で追う様になって、違う面を知って好きになり、今年度風紀委員に入って余計に気持ちは増したのだ。

反芻しながら雲雀の顔を見上げると、珍しいものが目に入って驚く。
今度は、彼が顔を赤くする番だった。
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