一ヶ月以上あった夏休みも、気が付けば終わりを迎えていた。 休みだから、とのんびり過ごしていた日々が名残惜しくも、規則正しい生活に戻さなくてはいけない。 久しぶりに早起きすると気温は低くて、未だに夏季の制服のためすり抜けてゆく風に身震いした。 まだ夏休みにしがみついていたいが、もう季節が変わり行くのだということを教えられる。 何ヶ月ぶりだろうと此処に通って三年目ともなれば体は道を覚えていて足が勝手に進んでゆく。 夏休み中だらけて過ごした身には教室へと続く階段が想像以上にキツかった。 やっとのことで“3年Z組”というプレートが目に入る。 初日くらいゆっくりと支度したいと思い早起きしたせいか、普段教室の外まで響く騒がしさが聞こえない。 一番乗りは嬉しいけど一人ってのも寂しいなー、なんて思いながら扉に手をかけた。 「おはよー…」 誰もいないけれど癖で挨拶しながら入れば、返ってこないはずの返事があった。 「はよー」 「えっ?!」 驚いて顔を上げれば沖田君が机に突っ伏していて、私の反応に首を傾げた。 「だ、誰もいないかと思った…」 「は?じゃあ、誰もいないとこに挨拶したんですかィ」 くすくす、と笑いながら体を起こす彼の隣まで歩いた。 一番後ろの窓際、というものすごく良い席が彼のもので、その隣が私の席だ。 「沖田君、早く来るなんて珍しいね」 「なーんかどれくらいに起きたらいいか忘れちまって。早すぎたみたいですけどねィ」 お陰で眠くて困ったもんだと大きな欠伸を漏らす姿に笑いが零れた。 鞄を机の脇に掛けてから席に座ると、「でも、」と彼が何気なくこちらを向いた。 「あんたに会えたし、たまには早起きってのも悪くないかもしれやせんね」 「えっ?!」 深い意味は無いのかもしれないが端正に整った顔で屈託無く笑いながら言われると思わず反応してしまう。 「…なあ、」 真面目な顔で向き合われて赤く火照った顔がさらに熱くなる。 「俺…」 沖田君が次の言葉を紡ごうと口を動かした、その瞬間だった。 「はー、朝練良い汗かいたなあ…もう一回してこようかな……あ。」 ミントンラケット片手にうきうきと教室へ入ってきた山崎。 気まずい空気が教室に流れる。 「あ、あの俺、失礼しまっ…」 冷や汗たらたらで後ずさった山崎に、沖田の何かが切れる音が聞こえた。 「…山崎ィイイ!!!」 「ひィっ!」 沖田はガタンと音を立てて椅子から立ち上がり、悲鳴を上げながら全速力で逃げる山崎を土方顔負けな鬼の形相で追いかけ始めた。 一気に緊張の糸が解け、くすりと笑いが零れる。 「…何してんだアイツら…」 登校してきた土方が呆れ顔で二人を見やる。 「二人とも元気だよね」 「全くだ。こっちはだるいってのに」 土方と一緒に彼らを見ていると、偶然に目が合って沖田は一瞬和らげ微笑んだ。 「っ…」 また頬の熱が戻ってきて熱くなる。 「ああ、なるほどな」 「え?」 不意に呟いた土方に聞き返すと、笑いを含んだ溜息を漏らした。 「あんなのに付き合うのは大変だぞ」 別の世界で鬼の副長をしているだけあり、並外れた洞察力を持っている土方だった。 |