コツン、コツンと廊下に足音が響く。
それが次第に大きくなってきて、応接室へと向かってくるものだと悟った雲雀の眉間はこれでもかというくらいに寄った。

「お兄ちゃん?」

来週から始まるテストに向け勉強をする名前はわからない箇所を兄に教えてもらっていたのだが、急にその動きが止まり、見上げてみれば険しい顔。どうしたの、と聞くまでもなくその理由はわかった。

彼が、来る合図だ。

足音が止んだかと思うとすぐに扉をノックする音が届き、開かれた。

「失礼します」

「入らないで」

二人の声が同時に発された。
雲雀は即座に立ち上がりトンファーで侵入者へと食いかかる。

「来ないでって、何回言ったらわかるの?」

力強く叩き込まれたトンファーだが、それは金属音を立てて三叉槍に受け止められた。

「クフフ、君に会いに来てるわけじゃないと何度説明すれば良いですか?僕とて、君に会うなんてごめんだ」

「だったら来なければいいだろ」

目を見張る程の凄まじい接戦、それも各々の愛武器を使った高レベルのやりとり。
それが行われているのが中学校の応接室なんて何とも異様だが、最近となっては当たり前となってしまった光景であり、名前は苦笑しながらも被害を避けるため勉強道具を片付けた。
そして彼らを止めるべく二人の名を呼ぶ。

「お兄ちゃん、骸さん!こんなとこで暴れちゃ危ないです、だめ!」

鶴の一声とでも言うのか、その言葉に二人は渋々武器を下ろした。
我が道をゆく風紀委員長も妹には甘いらしい。

「すいません、名前さん。君に迷惑を掛ける気はなかったんです」

「此処に来る事自体が迷惑だってまだ気付かないのかい?お気楽な奴だ」

「君に言ったわけじゃありませんよ雲雀恭弥、口を挟むなんて無粋な真似はやめてください。名前と兄妹だなんて、本当に信じられない」

「信じようが信じまいが、DNAは変えられないからね。本当に兄妹だよ」

飄々と受け応えをする雲雀に口の減らない奴だ、と骸は内心毒気吐いた。
一人目がちゃらんぽらんだと二人目はしっかり者、とはこういうことだろうか。
名を馳せる暴れん坊を兄に持つ名前は、常識も気遣いも優しさも人一倍ある。
そんなところに惹かれたのだが、それが幼い頃から強暴であった兄の性格に合わせ徐々に身に付いた包容力なのかと思うと少し気に食わない。

と、そこで並中の校歌が鳴り響いた。
言わずもがな、雲雀の携帯へ着信を示す音だ。
口論を中断され少し不機嫌な様子だが、彼に中身の無い電話なんて掛かっては来ない。
無視するわけにはいかず通話ボタンを押した。

「何」

それだけ尋ね、あとは「ふぅん」とか「へぇ」と相槌を打つだけで、どんどん眉間のしわが深くなっていく。

「どうしたの?」

名前が兄に尋ねると、雲雀は微かに表情を和らげ、けれどやはり不愉快さを隠せていない顔で向き直った。

「学校のすぐ近くで群れてる奴がいるってさ。名前をこんな奴と一緒にしておきたくないけど一緒に行くのは危ないし、すぐ戻ってくるから待ってられるかい?」

本当に、心から嫌そうに言う雲雀。
それを見て、骸は思わず笑いを漏らしそうになった。

いつもは好んで群れを咬み殺しに行くくせに、それほど可愛い妹と自分を一緒にさせておくのが嫌なのか。
そして何より、その群れをわざわざこの近辺に出没させたのは自分の仕業なのだ。
愉快で堪らない。
もちろん、そんな気持ちは毛ほども表情には出さないが。

子供じゃないんだから大丈夫だよ、と笑う名前に「あまりこいつに近寄っちゃいけない」と何度も念を押してから、雲雀はやっと応接室を出ていった。

兄が失礼ですみません、とすまなそうにする名前にいえいえと返した。
心からの言葉だ。彼女は何も悪くないのだから。
あるとしたら彼女の兄…いや、その彼女の兄が自分を嫌悪しているのは自分がかつてしたことのせいだから自分のせいか。仕方が無い。

「はい、骸さん。良かったらどうぞ」

カチャ、と音を立てて湯気を立てている珈琲が置かれる。

「ありがとうございます。あなたが煎れてくれる珈琲、すごく好きなんです」

「普通のですよ?…でもそう言ってもらえると嬉しいです」

ふふ、と柔らかく笑う顔はとても温かい。
兄の方も笑ったらこんな顔なのだろうか…と少し考えて即座に止めた。
気持ち悪いことこの上ない。

「そういえば、名前さんは好きな方とかいるんですか?」

世間話とでもいうように何気なく聞いてみれば、彼女は見て取れるように顔を赤く染めた。

「いっ、いませんよ」

「そうですか…でも逆によく告白されるのじゃないですか?」

「そんなことないですよ、全然そんな経験…」

赤い顔のままで苦笑されるけれど、一度もないなんて意外だ。
この子に思いを寄せる人は多いだろうに。…ああ、アレが兄だったな。それじゃあ無理もない。

「寧ろ骸さんはそういう経験多いんじゃないですか?」

「どうしてです?」

「だって骸さん優しいし、女の私なんかより綺麗だし…告白される姿が目に浮かびます。彼女いないんですか?」

綺麗、だなんて笑える。
外見だけ見て戯言を吐く女達をたくさん見てきた。
けれど、彼女に言われても嫌な気はしない。
彼女は決して外見で人を判断してはいないからだ。
内面を見て、触れてくる。その上での言葉。

まあそれもあの兄への耐性故だろうが。それをわかった上でも、やはり愛しいと思う。

「残念ながら独り身なんです」

「ええっ、そうなんですか」

本当に名前は驚いているようで、苦笑が漏れた。
これだけここを訪れていて、しかも雲雀恭弥に会いに来ているわけではないとなれば、残るは一人だというのに。
大らかなのと鈍いのは紙一重なのだろうか。

兄にはとっくに気付かれているためガードが堅い。それが自分の嫌悪する相手ともなれば尚のこと。

そのための、今日だ。

「好きな人は、いるんですけどね」

「えっ、知りたいです!」

「そうですね…とても、可愛らしい方ですよ」

「とても、ですか」

ぞっこんですね、と笑いを漏らす名前。

「ええ。ですが困ったことに、彼女はなかなか気付いてくれないんです」

どうしたらいいでしょう?と誰に聞くでもなく呟いた。

「骸さん?」

両頬を包むと、名前の動きが停止する。

「ねえ、そろそろ気付いてはくれませんか」

驚きで目を開いた珍しい表情のままでいる彼女の額にキスを落とすと、瞬く間に顔が赤く染まった。

「む、むむむむくろさん、!」

動揺に目を揺らす名前と視線を合わせた。真っ赤な顔がとても可愛らしい。
どくん、と心臓が鳴った。

「名前さん。僕は、あなたが、」


バタン!

騒々しい音に言葉が掻き消される。
好きです、という言葉と共にあと数ミリで重なるはずだった骸の唇がそのまま停止した。それと同時に名前が我に返ったのか、乱暴に開かれたドアをゆっくりと振り返る。


「六道骸、よくもやってくれたね。闘う気が異様にないかと思えば、幻術の仕業か。嫌な予感がすると思って急いだら案の定で最悪だよ」

強められた語尾と共に名前はぐいっと引き剥がされ、雲雀の背に隠される形となった。

「クフ…ようやく手に入ると思ったのに、君こそよくも邪魔をしてくれましたね」

「手に入る?馬鹿言わないでくれるかい、君のものなんかになるわけないだろう」

口の減らない男にああまったく厄介な兄上だ!と嘆きたくなったが、その後ろに隠されている少女の頬が赤く染まっているのを見て口角が上がった。
勝機が無いわけではないらしい。

スッ、と距離を縮めると雲雀が構えの体勢を瞬時に取る。その反応速度はさすがだ。だが、目的はその後ろ。

「…!む、むくろさんっ」

先程重なり損ねた唇。
それをリップノイズとともに落とせば思った通りの反応が返ってくる。

それに目元を緩める暇もなく、失態に気付いた雲雀によってトンファーが頭の上に振り下ろされた。
骸はそれを間一髪で避け、窓の縁に足を掛ける。

「それではまた、お会いしましょう」

次に来る時は恐らく風紀委員による警備が厳しく潜り込むのも一苦労だろうな、と考えながら校庭へ降り立つと風紀委員長の、珍しく声を荒げた悲痛な嘆きが背中に降り掛かった。
そんな事を言われたとて、聞くわけがないというのに。




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企画サイト「ブラザー、シスター!」さまに提出!
こんな駄文ではありますが愛はたっぷりと詰め込みました…!
素敵な企画に参加させて頂き有り難うございました。
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