「名前さんこんにちは」


にこにこ。
そんな擬音が聞こえてきそうな完璧な笑みを携えて、彼はいつの間にか背後に立っていた。

「む、骸…」

背筋が凍えるとはまさにこの事だ。
神鬼出没という言葉も。

「今日は良い天気ですね」

「そうだね…骸がいなきゃ良い日だったね」

それは、ある日のことだった。
生涯忘れられないだろう一日。
傍目からは、綺麗な人だと思った。
紳士的な物腰も素敵だなと思った。
…思って、いた。


「おや、心にもない事を言っちゃって。本当は僕に会いたくて仕方がなかったでしょう?」

「いや、心からの言葉だけども」

残念な事に彼の頭はぶっ飛んでいたのだ。
某南国果実に酷似した髪型のみを指す訳ではない。
その果肉、じゃなかった、頭の中身が一番の問題だった。

「わかりました、今流行のツンデレですね?まったくもうお茶目さん」

一体私みたいな一般人のどこを気に入ったのかわからない。
体型はお世辞にも褒める箇所がどこにもなく、顔も自分で鏡を見つめていて嫌になるくらいだ。
もしかすると南国果実はその果肉だけでなく視力までも悪いのか?寧ろ見えていないのか?
そうだ、果物には目なんてついていないのだからきっとそうに違いない。

「ツンデレじゃないです、どこもデレってしてないでしょ」

「またまた、そんなところがツンデレなんじゃないですか」

「ツンデレって言葉の意味知ってる?嫌悪感をあからさまにしてるのはツンデレって言わないんだよ、」

「そんな事言ったって僕にはわかりますよ」

何がだよ。
もはや口に出すのも面倒だったのだが六道は何を思ったのか羨ましいくらいの白い肌をした頬を少し赤く染めた。

「身を焦がすほどの愛情を隠しきれていないことを、ね」

「ないわそんなもん!寧ろその果物を焦がしてやりたい」

正確には、その葉っぱの部分を。
誰が考案したんだその髪型。もはや芸術的で一般人の私にはついていけない。
もしかすると自分では格好良いと思っているのだろうか?そうだとしたら美的センスがあまりに違いすぎる。
顔もスタイルも整っているし、服も突飛なものでなく格好良いのに何故。
もしも彼がこんな性格ではなく第一印象(といっても直ぐ様崩れ去ったけれど)通りに柔らかく優しい人であって恋をしていたら、その髪型も愛しく思えたのだろうか。
そうかもしれないけれど、全てはもう手遅れな気がしてならない。
“え、恋って何?”まさにそんな感じである。

「焦がしてやりたいだなんて…良いですよ、君色に染めて下さっても」

果物を、という部分を聞いていなかったとしか思えない気持ち悪い台詞を吐いたかと思うとふいに口端を上げた。

「でもやはり僕は貴女を染め上げる方が性に合ってますね。如何です?」

「結構です」

「クフフ、そんなに遠慮しないで良いですよ」

「してねえよ」

「クハ、辛らつな言葉とその表情も素敵ですね」

呆れて物も言えないという意味をたった今しみじみと実感している。
今、というか彼に出会ってからずっと、の間違いかもしれないが。


「ちょっ…何して」

手に温かい感覚がしたかと思うと骸の羨ましい位すべすべで白い手に優しく掴まれていた。
ちゅ、と手の甲に口付けられてあまりのことに思考が停止する。


「Ti voglio bene」


耳元で吐息と共に小さく吐き出されたその異国の言葉を理解する出来なかった。

「え、何、?」

「クフフ…何でもないですよ。では、今日はこの辺で」

外国人がするように頬に軽くキスをすると、何もなかったかのように上着を翻して歩き出した。



「何なんだ…」

手の甲と頬に残る熱に少しだけときめく。
ほんの、本当に物凄くちょびっとだけ。
変人だけれど顔立ちは整っているのだから悔しくなる。
それにしても別れの挨拶がキスって一体どこの国の人なんだあのパイナップルは。
ああそうだ、パイナップルなのだから南国か。
そんなことを本人に言うと怒るのだろうが知ったこっちゃない。





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