「…あ」

「どうした」

体躯の良い彼との身長差は頭一つ分以上ありいつも見上げるのだが、今はソファに身を沈めているため余計に首が痛い。
上着を羽織っていた彼にはい、と今さっき鳴ったものを差し出せば眉を顰めた。

「…三十八度二分。だから言っただろ」

「う、うん」

ここ最近喉が痛かったり鼻が辛かったりしたのだが、その内治るだろうとたかをくくり、昨夜ザンザスに「風呂は控えろ」と言われたにも関わらずゆったり浸かってしまったのだ。
自分のために言ってくれたのにそれを無視するどころか、彼が見越した通り悪化してしまったことが申し訳なくて視線が足下に落ちる。

「…具合は」

「…熱っぽくて頭ふわふわ、で気持ち悪い、です」

怒ってない、とでも言うように幾分か和らいだ声で尋ねられ恐る恐る顔を上げれば頭をくしゃりと撫でられた。

「ちゃんと薬飲んで寝てろよ」

「うん」


彼はヴァリアーのボスとして本部から招集が掛かっているのだ。
揺りかご、そしてリング戦によって出来た亀裂は今もまだ塞がってなどおらず危険視すべきだという声は多いが、それでもザンザスと九代目の関係は確かに少しずつ変化している。


「一人で大丈夫か」

そう問う表情は皆からみれば普段通りだろうが、覗いている優しい瞳が心配していることを教えてくれる。

「大丈夫だよ、気にしないで行ってきて」

彼の少し傾いているネクタイを直してぎゅう、とシャツに皺が寄らないよう気をつけながら抱き締めた。

「いってらっしゃい」

「…ああ」


早く帰ってきてね、という言葉を飲み込んで扉が閉まるのを見送る。
彼の心配を無視したのに寂しい、だなんてわがままだ。
ましてやザンザスは遊びに行くわけでない。

彼に言われた通り風邪薬を飲んでからソファに視線を移すと、着替えるために脱ぎ捨てられた隊服の上着が無造作に置かれていた。












ヴァリアーの本拠地を離れたザンザスは音を鳴らしながらボンゴレ本部の廊下を歩いていた。

頭の中には、先程のやり取りが浮かぶ。
見るからにしょんぼりと反省して落ち込んでいた名前。
一人で大丈夫かと問えば、寂しいと書いてある顔で大丈夫と言って、ぎゅうと抱きつく。
言ってることに反して行動は素直だ。
寂しい、行かないで、早く帰ってきて、と自惚れではなく伝わってくる。

「…カスが」


やっと目に入った目的の扉をバンと破る勢いで開くと、九代目が穏やかな顔で笑んでいた。
側近は驚きで銃を取り出そうとしたが、それを手で制している。

「オイじじい」

「何だい?……ああ、二日後なら空いているよ」

ザンザスは睨んだだけだったのだが、九代目はすぐに何を言いたいかをもとより備わっている洞察力か、または超直感でわかったようで、少し驚きを見せたあとにそう言うと「果物を食べさせてあげるといい」と続けた。
それに対して子息はフン、とだけ返事をして踵を返す。
開けられてから五分も経たない内に、また凄まじい音を立てて閉じられた。
側近の部下は何が何だかわからないまま立ち尽くしている。


「…あの様子じゃ、心配いらないようだね」

「はい…?」













──キィ…


寝ている彼女に気を配っていつもよりは静かに扉を開けて部屋に入るが、ベッドにその姿がない。
何処に行ったのかとくるり、部屋を見渡せばすぐに見つかった。


「…何してんだ」

ソファで、自分が脱ぎ捨てた上着を抱きしめて眠っている。

(やっぱり寂しかったんじゃねえかよ)

馬鹿が、と思う反面で胸に温かいものが広がる。
こんなもの、こいつに会うまでは知り得なかった。

「、んー…」

首と膝の下に腕を差し入れて持ち上げる。
柔らかな肌に細い肢体は少し力を込めれば壊れてしまいそうだ。
ベッドに運んで布団を被せるとやっと目が覚めたようで、パチパチと瞬いている。

「ザン、ザス…?」

何かを求めるように宙に浮いた名前の手を握ってやれば、安心したようにふわっと笑った。

「おかえり」

私結構寝たのかな、と時計を求め起きあがろうとするのを制して現時刻を教えてやれば、あれっと首を傾げた。

「ザンザス帰ってくるの早くない?」

自分が寝たのと彼が出掛けたのは同じくらいの時刻だが、どう考えてもボンゴレ本部への往復時間くらいしか経っていない。
そんなに早く終わらないだろう…と名前が見上げれば、ザンザスはフンッと鼻を鳴らした。

「二日後に延期だ」

「延期?」

「ああ。だからとっとと寝て治せ」

「え、?」


延期になることと私の風邪は関係あるのか?と少し考えて思い至った。

「まさかザンザス…」

心配してくれたの?という言葉は、発する前に彼の口の中に吸い込まれた。
触れるだけの軽いキス。

「いいから寝てろ」

有無を言わさないといった態度だが、それさえもくすぐったくて握られたままの手にぎゅっと力を込めた。

「何だ」

「一緒に…寝て、なんて……あの、」

それっきり、恥ずかしいのかもごもごと言い淀む。
ザンザスはそんな名前を見てふっと無意識の内に口元を弛めた。

「俺に移したら承知しねぇからな」

きつい物言いだが、それはイエスを示す言葉だ。
名前は嬉しそうに笑って頷いた。

そしたら私に看病させてね、と言う彼女に馬鹿か、と返しながらもそれも悪くはないと思ったのは口に出さないでおくことにしよう。




温かい腕の中で、おやすみなさい
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