そういえば、何でだ?


うっとおしく靡いている光を一瞥して目を閉じた。
そんなこと、聞くまでもないだろう。

…そう思うのは今だからか。

















其処から見えるのは、シンプルでいて威圧感を感じさせる大きな椅子にもたれ掛かる彼の姿。
戦いが佳境に入っているだけあり疲れているのだろう、隊員を集めて作戦を話す時もスクアーロに任せ目を閉じて休んでいることが多くなった。


「う゛おおぃ、聞いてんのかぁ?」

「はっはい、聞いてますすいません…」

ギロリと睨まれ、咄嗟に謝ると周りの視線が刺さった。
この時期に気を抜いているように見えたなんて怒られて当たり前のことだ。

「おいカス」

「何だぁ?…ごぶっ!」

カスと呼ばれて振り向くのか、と誰かが突っ込む間もなく寝ていたはずのザンザスから蹴りが入る。

「っつ…何しやがんだボス…!」

「お前がカスだからに決まってんだろ」

ザンザスはそう言うと立ち上がった。
一体何をするのかと隊員達が腰を上げると、彼はあろう事かこちらに向かってきた。
何も言わずとも周りの者達は道を開け、ザンザスもそれを当然だというように歩を進めて私の前で止まった。

「す、すいません…」

機嫌を損ねてしまったのかと俯くと、予想に反してスクアーロに対してよりも幾分和らいだ声で呟く。

「謝らなくていい。立てるか?」

「はい、大丈夫で…」

す、と答えながら立ち上がろうとしたのに足に力が入らない。
どうして。

ザンザスはわかっていたように手を差し出して、掴まれ、とだけ言った。
おずおずと手を握るとぐいっと引っ張られ、もう片方の手では腰を支えられて何とか立ち上がる。

「何してんだぁ?」

怪訝な目で見るスクアーロを射殺せそうな眼光で睨むと、ザンザスは吐き捨てた。

「高熱出てんのも見てわかんねーのかドカスが」

そう言われるのを聞いて自分に納得する。
どうりでボスを見ていてぼーっとするにしてはあまりに朦朧としていたはずだ。

スクアーロが反論をする間もなく名前はザンザスに抱き上げられる。
もちろんのこと隊員もスクアーロも、そして名前自身も唖然として言葉を失う。
沈黙の中バタン、と部屋を出たところでやっと我に戻った。



「ボ、ボス下ろしてくださっ…」

「立てねぇくせに何言ってんだ」

あまりの事に申し訳なさやらなんやらで下りようとするけれど、そう言われては何も反論できず背中に回した手でしがみついた。

あっという間に部屋に着き、ベッドに下ろされる。

「寝苦しかったら上着脱げ」

「はい」

ボスが部屋から出たら脱ごう…と思って返事をしたが、彼の手が上着を待つように差し出される。

「早く寄越せ」

そこまで迷惑を掛けるわけにいかず渋るけれど「脱がされたいのか」と笑い混じりに言われて慌てて脱ぐと、彼は少し満足気な表情になった。

「すいません…」

上着を掛けるザンザスに謝ると無言で布団を被せられた。

「自分が熱だなんて、ボスに言われるまで気付きませんでした…迷惑掛けてごめんなさい」

「謝らなくていいっつったろうが」

「はい…」

「気が張ってて気付けなかったんだろ、お前のせいじゃねえ」

ぽん、と額に手を置かれて髪の毛をぐしゃっとされる。

「もう寝とけ」

一定のリズムで撫でられて、それを数える暇もなく眠いに誘われた。

「ボ…ス、あ、り…」


ありがとう…そう言えたかどうかもわからないまま、名前の意識は白に包まれた。
残されたザンザスは寝息を聞きながらも髪を撫でる。

「フンッ…らしくねえな」

そう、思っただけだった。
何の自覚もなく。















「…何で、あの時あんなことしたんだぁ?」

返事がないことに耐えかねたのか、長い銀髪を靡かせる男はもう一度尋ねた。
ザンザスは何も言わず花束を手にしゃがみ込んだ。
そして潰さないようにそっと置く。

「……なんで、だろうなあ」

自然と視線が向くようになったのは気紛れだと思っていた。
数少ない女隊員で、戦闘要員ではないといっても白い肌に儚さを感じて少し気に掛かっているだけだろうと。
ただ、それだけだと。
けれど、頭よりも体がそれをわかっていた。
勝手に動いたのは、隠れていた本心を知っていたから。
其れに今は、気付いたのに。
気付けたのに。
やっと、今なら、お前に其れを言えるのに。


「遅かった、よな」

自分を責めるように呟くと、小さい声を聞き取ったのかスクアーロは踵を返した。

「…今からでも、届くと思うぜぇ」

その言葉が彼に届いたのか、届かなかったかは、わからない。

しばらくして、雨が降り出した。
天気予報にはなかった、突然の雨。






















其処から見えるのは、大きな椅子にもたれ掛かる彼の姿だった。
決して距離が縮むことはない。
ただ、見ているだけ。
そのはずだった、のに。
気のせいか、たまに目を開けた彼と目が合うようになった。
ある日、縮むはずのなかった距離が変わった。
彼が歩み寄ってきた。
その日以来、またその距離で会うことはなかったけれど。
それでも、それだけでも、私は幸せだった。
血の臭いが広がって爆音が響く中でも、貴方を想えば何も怖くはなかった。
できることならば共に過ごしたかったけれど、それは叶わぬ願い。


「…もう、終わったんだ」


彼の声が聞こえる。
長く続いた戦いが、やっと終わりを告げたのか。

「遅かった、よな」

何が遅いのだろう、彼にはまだこれから先がある。

「……ずっと、お前に言いたかったことがある」


私になんて、何を言うというのだろう。


「…俺は、お前を…」


語尾はもう嗚咽に紛れて聞き取れない。
それでも伝わった。
ああ、私と同じ気持ちを抱いていてくれたんですね…。
気持ちが溢れていくのがわかる。
彼と同じく涙どころか嗚咽が止まらなくて、折角の花束を濡らしてしまう。
でも、最後くらいは笑顔で彼に言いたい。


『ボス…私も、愛してます』


私の言葉は、貴方に伝わっただろうか。
消えゆく最後に見えたのは、貴方の驚いたような嬉しそうな泣き顔だった。






A caro voi
(雨で貴方の涙を隠すから、其の優しい手で私の涙を拭って)





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