「ドライブに行きましょう」


ここのところ長く続いていた雨が、やっと明けた。
空は青々と澄んでいて、その中に眩しいくらいの真っ白な雲が浮かんでいる。
こんな日には洗濯物を外に干してから、晴れ晴れとした空気に触れながら散歩がてら買い物にでも行くのが良いだろう。
チャイムが鳴り響いたのは、そんなことを思って洗濯を干し終わった頃だった。
配達物だろうかと考えながらガチャ、と扉を開ければ目に飛び込んできたのは懐かしい色で。

「えっ…どらいぶ?」

「ええ、そうです。ほら、早く家に鍵を閉めなさい」

有無を言わせぬままに、けれど紳士がエスコートするように手を引いて外へ出た。
詳しくは無いのでわからないが、素人目にもものすごく高いのだとわかる車が止まっていた。
助手席の扉を自然な動作で開ける骸だが、こんな扱いはまるでお嬢様みたいでむずがゆい。
ガチャリ、キーを挿して発進させた車は見慣れた道を抜けると見覚えの無い道路へ出た。
振動が少なく心地良いので気付くのが遅かったが、何だか窓から覗く景色が早すぎる気がして骸の方を見れば、表示されていたのは期待を裏切らない三桁で。

「えーっと…こんなに飛ばして大丈夫なの?」

「大丈夫です、日本の警察なんて赤子の手を捻るようなものですから」

くすり、と笑みを零した骸。
言っている内容はそこはかとなく怖いけれど今更なので苦笑が漏れた。
そのまま骸をじっくり見れば、睫毛は長いし肌は綺麗だしで羨ましいことこの上ない。

「そんなに見られては恥ずかしいのですが」

なんて、恥ずかしさを微塵も感じさせない微笑で言われる。
不意に骸の片手が伸びてきて髪の毛を梳いた。

「片手で運転すると危ないよ?」

「心配は要りません。運転なんてお茶の子ですよ」

「……じゃあ、」

こうしててもいい?
手を髪の毛から離して自分の指を絡ませると骸は驚いたようでこっちを見、ちゅっと軽く唇を合わせてからまた前に向き直った。

「…余所見、危ないってば」

「嬉しいくせに」

「っ…だって骸のこと好きなんだもん」

「知ってます」

クフフフ、と嬉しそうに笑う骸の横顔を見ていると、からかわれたいるにも関わらず自分も嬉しいような気分になってしまうのだから不思議だ。








「ほら、こっちです」

しばらく空気の澄んだ緑の中を走ったあと道が開けて視界いっぱいに青が広がった。
澄んだ空に、飲み込まれそうでいて淡い色をした綺麗な海。
そこで車を止めて繋いでいた手を一旦離し、また手を引かれた。

「う、わあ…!」

テレビや雑誌の中でしか見たことのない景色に簡単の溜息を漏らしながら足を下ろすと砂の感触が伝わってくる。

「すごい綺麗!」

名前がはしゃぎながら骸の顔を見上げると目元を和らげて額にキスを落とした。

「それは良かったです。さあ…ちょっと目を閉じてください」


白い手で視界を数秒遮られ、再び目を開けるとあたりが暗くなっている。
え、と思う前に大きな音が鳴り響いて夜空に花が咲いた。
散ってゆく光を見て、感動しながらも納得がいった。

覚えの無い道に、見慣れない光景に、私の前に現れた貴方。


「…骸」

「はい?」

「ありがとう、花火すごく綺麗」

「クフフ…あなたに喜んでもらえて嬉しいです」

ぐい、と繋いでいる手を下に引っ張れば骸が不思議そうにしながらも背を屈めてくれる。

「どうしました?」

名前はその問いに答えずに手を離すと、骸の背に手を伸ばしてぎゅうと抱きついた。
背を屈めてもらってもまだ届かない身長差はどうにもならないので爪先立ちをしてそっと唇にキスをした。

「っ、名前?」

驚いて目を見開く骸にもう一度触れるだけのキスをすると、頭と腰を押さえられてもっと深いものに変わった。

「っは…む、くろ…んっ」

口の隙間から吐息が零れる。
最後にちゅ、と唇を吸われて離れた。
息を整えながら体を預けると、耳に当たる胸元からとくん、とくんと心臓の音が聞こえてきてものすごく落ち着く。
背後では花火の打ち上がる音が鳴っている。


「…あのね、この間、パイナップル柄の可愛いマグカップ見つけてお揃いで買ってきたの」

「……喧嘩売ってんですか」

笑い混じりで骸はお仕置きとばかりに耳をかじった。

「やっ!もう…いいじゃん、可愛いんだから。クロームちゃんと犬ちゃんと千種くんにも色違いで買ってきたんだよ。そしたら、みんな必死に笑いを堪えてた」

「やっぱり喧嘩売ってんじゃないですか」

まったく、と言いながらも背に回された手は離さないとでもいうように優しく身体を包み込んでいる。

そのまま他愛の無い話をしながら熱に甘えていれば、不意にその体温が離れていくような感覚が訪れた。


「骸…」

「…ええ、すいません、もう限界のようです」

見上げれば彼は眉を下げた切なそうな顔で笑っていて、胸が鷲掴みにされたように痛い。
段々と体温だけでなく視界も霞んでいく。


「Arrivederci」


脳内で骸の声がそう響いたのを最後に、意識は完全にシャットアウトされた。



















「夏、海とか行ってみたいね」


あと、ドライブとか、花火とか、色々してみたいなぁ。
なんて、いつだったか彼女が言っていた。

「へえー…意外と普通なんですね、雪遊びしたいとか捻くれたこと言うかと」

「まあそれもしたいけど、普通に骸と色んなことしたいな、なんて思ったり」

普通…それが自分にとっては特別でもあり何だか奇妙な感じがした。


「でも私、骸が傍にいてくれればそれだけでいいよ」

骸の心境を悟ったのか、何かを自分で考えたのかはわからないけれど、嘘でも慰めでもない言葉を濁り無い澄んだ目で名前は骸を見つめて言った。

そんな君に、どれだけ僕が救われているのかなんてきっと知らないのだろう。
傍に居るだけで良い、と。

(けれど、今の僕には、それさえも叶えてあげることが出来ない)

一時の夢を、過ごすことしか。


「名前…」

彼女の残像を、熱を思い出して唇を噛み締めた。

一人ぼっちのそこに、違う空気が吹き込んで来訪者を教える。



「…お願いが、あります」
















ここのところ続いている雨は、まだ明けていない。
暗雲立ち込める空が視界いっぱいに広がり、そこから雨粒が降り注いでいる。
仕方なく室内で除湿機をつけて洗濯物を干した。
じめじめとした室内が余計に気分を暗くさせる。

「むくろ…」

ずっと繋いでいた手にまだ熱が残っているような気がして手のひらを握り締める。
あれは現実で起こったことではなかったかもしれないが、彼は確かに、私の隣に居たのだ。

彼が今まで何をしてきたか、知らないわけではない。
けれど其処に至るまでの理由も、そして其処から今までに彼が変わったことも、知っている。
牢獄にいることが不当だとは言わない。
彼はそれだけのことをしてきたのだろうから。

(…ただ、)

愛しい故に、寂しいのだ。

―ピンポーン…

玄関からチャイムの音が鳴り響いて見た夢がデジャヴする。

「はーい…」

ガチャ、と戸を開けると見えたのは同じ色で。


「クロームちゃん?」

彼女はいつも来る時連絡してくれるマメな可愛い子なので、突然の訪問にびっくりした。
家族同様に思っているのでいつ来てくれても全く困りはしないのだが。

「どうしたの?あがってあがって」

彼女用の可愛いスリッパを出すと、うん、と頷いて後ろを付いてきた。

「あのね、これ…」

そう言って差し出されたのはラッピングされた小さめの袋。
開けて、と促されてリボンを解けば、出てきたのは。

「え…?」

持つ部分がパイナップルの形をした、可愛らしいフォーク。
五つ入っていて、それぞれにまたリボンが結ばれている。

「骸様から頼まれたの」

「えっ、む、骸が?!」

ずっとパイナップルであることを拒否してきた彼が、その名称すら拒否してきた彼が、まさかそれがモチーフとなった物を買うなんて。
驚きしか出てこない。
半ば唖然としてフォークを手に取ると、クロームが優しい声で言った。


「…皆で、ケーキ食べましょう。飲み物はあのマグカップで、って」

五。
その数の意味がやっとわかった。
犬と、千種と、クロームと、名前と、そして…骸。

「…後悔したって、知らないからね」

いつになるかはわからないけれど、彼が帰ってきてお祝いするその時に、苦笑する羽目になるだろう。
きっとこれは、マグカップに対する仕返しとして驚かせるためのいたずらであり…帰ってくる、という約束なのだ。


「ねっ、クロームちゃん、一緒にケーキ作らない?」

ふと思いついて言えば、クロームがパッと顔を上げた。

「ケーキ…」

「うん、ケーキ。折角天気良いしお買い物に行ってさ、一緒に作ってみようよ。練習しないと、ね」

パイナップルのフォークを見やって言えば、クロームもくすりと笑いを零した。

いつかやってくるその日を、心待ちにして。







水牢の中から、君への愛を。
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