精市くんに手のひらの手当てをしてもらったあと「どっちがお風呂に入るか」で譲り合いになり、そこはもちろん家主の精市くんに!と迷惑かけっぱなしの私は強く推したんだけど、でもお風呂上がってから膝の消毒しなきゃでしょ?手当て優先だからなまえさん先に入ってきて、家主の俺からお願いね、なーんて言いくるめられてしまった。しかもなんと精市くん、私にちょっと待っててねって言ってコンビニに用事を済ませに行ったときに私が泊まることを想定して下着まで買ってくれていたようで、頭が上がりません。女性用下着をコンビニでサラッとレジに出す精市くん…想像できない。そんなことまでさせてしまって申し訳ないばかりだ。
手当てしてもらった上から使い捨てのゴム手袋をはめてもらうという重装備で無事にシャワーを浴びてくることができた。精市くんに買ってもらった黒いシンプルな下着(縁にレースがついてて普通にかわいい)をつけて、精市くんにお借りしたTシャツとハーパンを着た。自分の家と違う柔軟剤の香りに包まれて、すごく不思議な気持ちになる。本当なら今頃夜行バスの中で熟睡してたんだろうに、こうして精市くんの家にお泊りさせてもらっている。すんごいイケメンさんだから私に下心なんてないことは十分承知しているけど、あんまりに格好良い上に私の方が年上だなんて嘘みたいに大人で親切だから、ふとしたときにドキッとさせられる。一生のうちにこんな乙女ゲームとか少女漫画みたいな経験するのはこの一回きりなんだろうなあ。
「精市くん、お風呂ありがとー」
「はーい。テーブルに化粧品とドライヤー出しといたから使ってね。あ、消毒液は救急箱だよ」
「うん、ありがとう」
入れ違いでお風呂に行った精市くんを見送って、化粧品に視線を定めた。うーん…私より良いもの使ってるな、やっぱり。クレンジングを借りた時にも思った。妹さんが泊まりに来た時置いて行ったものらしい。
化粧水をコットンに染み込ませて肌にパッティングしていく。包帯に付かないよう指先を使って乳液で蓋をした。それから救急箱を開けて膝をそーっと消毒した。手のひらほどは痛くなくて、思ったよりスムーズに手当てできた。サージカルテープで固定したガーゼは何だか不格好で、綺麗に包帯の巻かれた手のひらと見比べてがっかりしてしまったのは仕方がない。

シャワーを浴びて帰ってきたらなまえさんが携帯片手にうつらうつらしていた。時計はもう天辺を回っている。疲れたんだろうな、と名前を呼んだ。
「なまえさん、ドライヤーは?」
「んー、いい、いつもしてないから」
「だあめ、エアコン付けてるんだから風邪引くよ」
「んー」
なまえさんは半分寝たまま喋ってるような生返事で、俺の家にいることも今は忘れてるんじゃないかと思う。一息吐いてドライヤーをコンセントに差した。
「熱かったら言うんだよ」
「はあい」
温風にセットしてなまえさんの髪を乾かしていく。俺の猫っ毛とは違って艶のある髪の毛だ。ある程度乾燥させてから、冷風でサッとクールダウンして電源を落とした。
「はい、いいよ。なまえさんベッドまで歩ける?」
「うん?んー、ううん、だめ」
「ちょっとだけだから」
「ちがう、ベッドだめ。ベッドはせいいちくんの。わたしここでねる」
寝言半分に言い切ったなまえさんは、置いてあるクッションを枕代わりにして横になった。
「なまえさん?なまえさん、…もう寝てるし」
そりゃあ仕事疲れをリフレッシュして明日も全力でやるために、寝床は大事だけれど。女の子を床に放置して自分だけのうのうとベッドで熟睡するのも気が引けてしまう。どーしようかなあと考えながらなまえさんの寝顔を見つめた。ナチュラルメイクをしていたから詐欺ってほどスッピンと差があるわけじゃなくても、アイメイクがあるとなしじゃ印象が違う。スッピンだと余計幼い。こんな無防備に寝ちゃって、俺だからよかったものの、普通だったらパクリだよ。あどけない表情で眠るなまえさんを見て何だか保護者みたいな気持ちになった。

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