ちょこん、とローテーブルの前に座っているなまえさん。(歩きながらお互い自己紹介をして、そう呼ばせてもらうことにした。ちなみに彼女が俺より一つ年上だった。正直同い年か年下だと思っていたし、彼女も俺を同い年か年上だと思っていたらしい。)緊張しているのが見て取れて、やっぱり年下みたいだなあと思った。
なまえさんに待っててもらって、コンビニで買ってきたアイスを冷凍庫に片付けた。俺のだけじゃなくてなまえさんの分も。なまえさんがコンビニで買ったらしいハーゲンダッツが道路に転がって溶けていたのを見たら、つい買ってあげたくなったのである。
「お待たせ」
グラスに注いだお茶をローテーブルに二つ置いて、なまえさんの向かいに座った。お礼を言うなまえさんに笑って返す。
「ええと…それで…?」
「うん、ええとね、なまえさん明後日と来週も東京来るはずだったんだよね?」
「うん…」
「それまでって用事とかあるの?学校とか会社とか…」
「ううん、今は求職中だから何も」
「そっか、じゃあ大丈夫だね」
「?」
「用事終わるまでここに泊まらない?」
「ごふっ…」
お茶を飲んでいたなまえさんが咽た。そんなにびっくりすることかな。…びっくりするか。俺が同性ならよかったんだろうけど。
「やっぱり俺が男だから心配かな」
「や、いや、それはあんまり心配じゃないんだけど…」
「え」
「だって精市くんわざわざこんなチンチクリン相手にしなくてもより取り見取りそうだし…」
びっくりした、俺が男に見えないのかと思った。中学生くらいまでは度々間違えられることもあったからね。それになまえさんはチンチクリンではないと思う。普通に可愛い女の子だ。ただ、年上の綺麗なお姉さん、とは決して言えない。もっと歳を取っても可愛い系のままの人なんだろうなあ。
「だから、そうじゃなくて、もう十分お世話になったのに、これ以上迷惑かけられないよ」
「でも、まだ東京に用事あるんでしょう?」
「う、うん…でもどうしてもって用事ではなくて、人に迷惑は掛からないんだ」
「本当に?泣いちゃったのは用事のこともあったんじゃないの?」
「う、それは…それもあるけど…」
じわあ。あ、やばい、なまえさんの目が潤んだ。泣かせるつもりはなかったのに。余程大事な予定があったんだろうか。
「だって、だって、五列…アリーナの五列初めて取れたのに…」
…アリーナ?いや、まさか。だって、もしそうだったら、気付いてるはずだ。どこかのライブとかなのかもしれない。
「ライブとか?」
「ぐす、ううん、観劇…」
「えっと…どんな?」
「い、言えない…」
「変な劇なの?」
「変、じゃないけど、恥ずかしい。引かれると思う…」
「引かないから教えてほしいな」
「ほんとに引かない?」
「うん」
「…漫画が、原作の、ミュージカル」
アウト…!それアウトだよなまえさん…!なまえさんの予定がまさかすぎて驚きを隠せない、というかフリーズしてる。出待ち禁止になってるのに自分でファン拾う俺って…。まあ、もし最初からわかってたとしたら置いてこれたのかって聞かれても困るから、そこはどうしようもない。困って泣いてる女の子を見知らぬ土地に放置するような育て方はされていないつもりだ。それよりも、わざわざ地方から三回も遠征に来る予定入れといて俺に気付かないなまえさんにびっくりだ。今日も観たんだろうに。そりゃあ公演中は化粧もウィッグもしてるけど、公式ブログにはすっぴんも載ってるのに…。
「やっ、やっぱり精市くん引いた…!」
「ああなまえさん泣かないで!引いてないから!びっくりしただけだから!」
「びっくり…?」
「そうそう、びっくりしたの。庭プリでしょ?それ俺も観たよ」
「えっ、ほんと?」
「あれ原作好きでさ。気になって観に行ってみたんだ」
「そうなんだあ…意外だなあ」
「ふふ、女の人多いもんね。だから俺もちょっと気まずかったよ」
口から出まかせとはこういう事を言うんだなあ、と思った。なまえさんが泣くのを見たらつい言ってしまったのだから仕方ない。それに観に来てもらってる立場だから引いていないのは本当だし、観たっていうのもあながち間違いでもないから、嘘っていう嘘じゃあない、よね。
「ま、そんなわけでさ、同じ趣味だし気にしないで」
「本当にいいの?迷惑じゃない?」
「うん。俺仕事で帰りはいつもこれくらいでご飯も食べてくるしさ、気にしなくていいよ」
「うううう…じゃあ、あの、来週まで宜しくお願いします…」
ペコリ、と頭を下げるなまえさん。こちらこそよろしくお願いします。男に二言は無い。

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