公演を終えて自宅に帰る途中、コンビニに向かった。休憩中にアイスの話題になったから久しぶりに食べたくなって、帰りに買っていこうと決めていた。既に頭には候補がいくつか浮かんでいる。蒸し暑い風に押されて自然と歩くスピードが上がった。
コンビニの看板が見えてきて、歩道から駐車場の方へ踏み込むと、財布が足元に落ちてきた。白い革製の、女物の財布だ。飛んできた方を見やると、自動ドアから数歩のところで女の子が鞄を落としていた。あの人の物だろう。後ろにいたおじさんを見るに、ぶつかられてしまったようだ。財布が数メートルも吹っ飛ぶくらいだから、どれだけ強く当たったのか。酔っぱらって周りが見えてないんだろうかな、と考えながら白い財布を拾った。しゃがみ込む女の子の方へ近付こうとするとまたぶつかられていた。…いや、違う、あれは押されたんだ。ハッとして鞄を見るとおじさんが手を伸ばしているところだった。
「っ、待て!」
追いかけようとした時に女の子から痛そうな声が聞こえてきて少し足が止まったけれど、そうしている間にもひったくりは走っているから、慌てて追いかけた。仕事終わりとは言えまだまだ若いんだ、体力に差がある。段々距離が縮み、腕を伸ばせば届きそうなところまで来た。チラリと振り返ったおじさんは焦りの表情を見せて鞄を振りかぶった。反射的に受け止める体制に入ると、「避けてー!!」と女の子が叫んだ。え、どうして?と、思ったのも一瞬。想像以上の衝撃が腹部に叩きこまれた。痛みに負けて咄嗟に鞄を取り返すこともできず、アスファルトに投げ出される。やばいこれ痛い、女の子が避けてって言った意味分かった。何ほど鞄に詰めてるんだ。明日の公演ちょっとキツイかもしれないなあ、と思いながら腹部を抑えた。
「すみません、大丈夫ですか…?」
気が付くと隣に女の子がしゃがみ込んでいて、心配そうな申し訳なさそうな顔で俺の顔を覗き込んでいた。
「こっちこそごめん、これは拾っといたんだけど…」
財布を渡すと女の子はホッとしたように受け取った。
「ありがとうございます、お財布あって助かりました…!あの、お腹、大丈夫ですか?」
「うん、気にしないで」
「すみません、私、鞄に何でも詰め込む癖があって…」
うん、それは身を持って知ったかな。でも俺も情けない。ひったくり追い掛けといて撃退されるとか、笑い話にもならないだろう。そこまで考えてふと思い出した。女の子も痛そうな声を上げていたんじゃなかったか。
「そうだ、俺はいいけど、君は?さっき押されて…」
女の子は聞かれてから思い出したのか、両手をくるっと裏返した。手のひらがぼこぼことアスファルトにえぐられて所々血が出ている。砂利が入り込んでしまっているところもあるようだ。膝はストッキングが破れて血が滲んでいる。見るからに痛そうだ。あのひったくり、何てことするんだろう。男相手にやるならまだしも、女の子にこんなこと。女の子の目にじわあっと涙が浮かぶのを見て、家に消毒液があったか回想した。うん、あったような、気がする。ガーゼと包帯も救急箱にあった、はず。
「ああ、やっぱり怪我してるね。大丈夫?俺の家近いから、良かったら手当していく?」
「いや、そんな迷惑かけられません!家に帰ってから手当てするから大丈夫です、ありがとうございます」
泣くのを我慢しているだろうにそんなことを言う女の子は、俺に遠慮しているのだろう。俺としては鞄を取り返してあげられなかったし、それくらい気にしないのだけど。ふと、女の子が叫び声をあげた。
「バス!バスのチケット!!」
…バスのチケット?女の子は急いで財布を開いて中身を確認していた。…まさか…。
「もしかして、バスのチケット、鞄の中…?」
「はい…」
「どこ住み?」
「新潟、です…」
「…バスって、チケットないと、乗れないよね?」
「はい…。それに、多分、もう出発したかも…」
「新しく乗ったりは?」
「一か月前からの発売なんですけど、夏休みだから、多分もう売り切れてます…」
地元の子じゃなかったのか。そういえばバス停がその辺にあったような気もする。せめてとなりの県くらいなら、電車で帰ることもできるのに。聞いてみたら、万が一を考えてカード類は置いてきたらしい。まさかそれが裏目に出るとは思わなかっただろう。女の子がそれから「あ!」と声を上げた。打開策が見つかったのだろうかと思ったが、「明後日と、来週のチケットも、鞄の中だ…」…。何てついてないんだろう。可哀相になってどうしようか考えていると、女の子の目からポロッと涙が零れた。あんなに痛そうでも我慢していたのに…きっともう限界だったんだ。
「ふぇ、え、うええん…!」
両手で顔を覆って泣き始めてしまった女の子に胸がきゅうっとする。うーん…新幹線代を貸してあげることもできるけど、明後日と来週も来る予定だったってことは、今日帰るとその予定は帳消しになっちゃうんだろうし。公演中に問題起こすとまずいけど、そんな子には見えない。
「…うん、わかった」
俯く頭に手を乗せた。化粧品とクレンジングは仕事用に持ってるから、コンビニで下着を買って帰ればいい。
「とりあえずうちにおいで」

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