幸村くんの手におそるおそる手を伸ばして、しっかりと握手をした翌日。夢でした…なんてことはなく、その後交換したアドレスと電話番号がしっかりと自分の携帯に入っていた。教室に入るなりすっ飛んでくる友人に「昨日どうだった?!」と詰め寄られる。お友達になりました、と簡潔に伝えると「意味が分からない」と言われた。大丈夫だ私も意味がわかってない。 そして。お昼休みに入ると、もっと意味の分からない展開が待ち受けているのだった。 チャイムが鳴った三分後のこと。勉強道具を片付けてお弁当を取り出し、ご飯が一緒のグループで集まったところで、教室の空気が変わった。正確には教室の女の子たちの声音が変わった。何だ…?と女の子たちの視線を辿った先は、教室の扉。から何かを探している幸村くん。…幸村くん?!そりゃあ女の子が騒ぐわけだ。なぜならこのクラスには幸村くんと親しい人がいないらしく、クラス替えから一度も訪れてきたことはないのである。マンモス校であるから喋ったことのない人だけのクラスなんてざらにあるのだが。誰かに用事だろうかとそのまま何気なく見ていると、視線を動かしていた幸村くんと目が合った。そのままにこっと笑うと、私のほうへ向かって歩いてきた。…ん? 「よかった、お昼まだだったね」 「え、うん?」 「急ですまないんだけど、よかったらお昼一緒に食べないかな?ごめんねみんな、みょうじさん借りてもいい?」 「どっ、どーぞどーぞ!」 「いくらでも!ほら早くいっておいで!」 えっ私の意見は?と口に出す間もなくみんなに背中を押されて(比喩でなく物理的に)、いつのまにやら廊下に追い出されていた。じゃあ行こうか、と促されてどぎまぎしながら隣を歩く。彼を長い間好きだったわけだけど、いつも遠くから見たものだから近い距離にいることが慣れない。この距離で正面から顔を直視したら私の顔面爆発する気がする。恥ずかしさとか暑さで。ああ、でも、彼の友達になるのなら、慣れていかないといけないのかもしれないな。 「どこで食べるの?」 「屋上だよ。天気が良い日は行ったりするんだ」 うっ。一瞬詰まってしまった。昨日訪れたばかりの屋上に今日も行くことになるとは。幸村くんが普通にしているから、私も普通を装った。 「ああ、椅子とか設置されてたよね」 何度か座ったことがあるそれを思い出す。幸村くんが屋上庭園のお世話をしていると聞いて、何度も訪れたことがあるのだ。うちもお母さんが少し花を育てているけれど、正直幸村くんのほうがバランスとかうまいと思う。なんというハイセンス男子。 「そう。だから庭園見ながら食べるのに丁度いいんだ。今日みたいに人数が多い時はほら、少し離れたところにスペースあったろう?そこに集まって座るんだ」 「…人数が多い時?…今日みたいに?」 「…あ。ごめん、着いてから驚かせようと思ったんだけど。ちょうど今日集まる約束してたからさ、紹介するのに丁度いいと思って」 うっかりしてた、とでも言いそうな表情をしてから、到着した屋上の扉を幸村くんが開けた。少し重たげな音を立てて外と繋がり、蛍光灯とは違う眩しさに暫し視界が白む。 「おいで、こっちだよ」 そう言って連れて行かれた先には…うん、わかってたけどね…さっきの会話で何となくわかってたけどね…でももう少し心の準備がしたかったっていうかお友達って仲間に紹介するものなの?昨日の今日でこれはハードルが高いと思うの。 「みょうじさんはここね」 「あ、ありがとう」 そつなくエスコートされて幸村くんの隣に腰を下ろした。もちろんのこと、ひぃ、ふぅ、みぃ…七人の目が私に向けられている。少し喋ったことのある人もいるが、大体が初対面になる人ばかりだ。妙な空気の中どう挨拶するべきか悩んでいると、幸村くんが口火を切った。 「みょうじなまえさんだよ。結婚前提のお友達になったんだ」 とんだ爆弾発言である。 「ちょっ、幸村くん?!」 「ふふ、嘘はついてないだろ?それとも笑わせたかっただけで結婚前提っていうのは冗談だったの?」 「いやぶっちゃけ本気入ってましたけど!八割は本気でしたけども、あれはお付き合い申し込みのお話であって、友達の紹介にそれいらなくないかな!」 「結婚前提の、お付き合い前提の、お友達だろ?一つ省略しただけじゃないか」 「何それ初耳です!普通にお友達だと思ってました!」 「へえ…それでいいの?俺を惚れさせるくらいの気位でおいでよ」 ずぎゅん。二発目の爆弾は私の心臓に直撃した。 幸村くんってお茶目なんだな、心臓に悪いな、と余裕ないながらもそんなこと思いつつ会話をしてたけど…最後の…心臓に悪いどころじゃないです幸村くん…。あんな告白で笑ってくれて、友達になろうって言ってくれて。振られる予定だった私からしたら、それだけでも夢を見ているようなのに。それ以上を望まないのかと、臨んでもいいと、ほかの誰でもない幸村くん本人が言ってくれている。色々込みあがって目が潤んでしまうのは仕方がないと思う。言葉に詰まった私に幸村くんは小さく笑って、さり気なく目元にハンカチを当ててくれた。 「さっ、紹介も済んだところでご飯にしよう」 幸村くんの鶴の一声で、それまでぽかんとしながら空気だった方々がようやく動き出した。さっきの幸村くんとの会話を思うと消えたいというか教室に帰りたい心地になりながら、皆に倣って私もお弁当を開ける。 「いやあ、なんつーか、さすが幸村くんだな」 「っスねー。俺もそんな熱烈告白されてみたいっス」 「ロマンチックですよね」 「や、でもよく考えてみ?幸村くんはいい相手だったからそうだけどさ、もしとんでもない相手からガチでこられたら怖くね?」 「あー…お菓子に危ないモン入れてくる系の…」 危ないモンって何?!黙々とお弁当を食べながら話を聞いていて思わず吹き出しかけた。幸村くんを見上げると、気付いた彼は少し困ったような表情をして教えてくれた。 「そういう人はほんの一握りなんだけどね…体の一部、とか混入してることがあるんだ」 何それ怖い。ヤンデレの域に入っている気がする。私がそんなものもらったら軽く人間不信になってしまいそうだ。 「なんていうか…ホラーだねもう…」 「だよな。そんなみょうじサンに手作りお裾分けしよっか?」 「この流れで?!やだよ?!」 「ハハ、うそうそ。手作りは手作りでも俺お手製だから。ジャーン」 ガサゴソと丸井くんが鞄から取り出したのはタッパーだ。中にはカラフルなアルミカップで包まれたスイートポテトが並べられている。 「えっ、すご!」 「サンキュ。秋だしちょーどいいだろぃ?みんなの分あるから食えよー」 ふたを開けて真ん中に置く丸井くんに、それぞれからお礼の声が飛ぶ。す…すごい…男の子でいてこの女子力…顔も料理も丸井くんに勝てる気がしない。スイートポテトの表面が卵黄でキラキラ光っている。残りのお弁当をスピードアップして食べ終えて、早速手を伸ばした。 「いただきまーす」 「おう」 かぷり。っ、う、うま…!さつまいもの甘さとシナモンの香りが口いっぱいに広がる。これは美味しい。ペロリと完食してアルミカップを畳んでいたらふと視線に気付いた。幸村くんが微笑ましげに見ているではないか。…は、はずかし! 「おいしそうに食べるね。よかったら俺のも半分あげるよ」 「え、いいよ幸村くん食べて」 「いいから。口開けて」 口元にスイートポテトを持ってこられたらそれ以上の拒否もできなくて、思い切ってありがたく一口頂いた。…が、そのあと幸村くんが残りを食べてから気付く。…間接キスやないか…! 「微笑ましいな、あいつら」 「ああ、そうだな。しかし…」 「何かあんのか?」 「いや、そういうわけではない。ただ、精市にしては心を許すのが早いと思ってな」 「へえ、どれくらいなんだ?」 「二日だ」 「二日…?!あれで?!!」 |