この家で迎える朝が三度目を迎えた。注文した家具類は今日の午後に到着予定で、指示さえすれば業者の方で組み立て・設置をしてくれるのだと昨夕連絡が入ったので、午前中は特にやることがない。いっそ昼まで二度寝、と思って暫く横になっていたが中々眠くならないので諦めて起きることにする。

歯磨き、洗顔、基礎化粧、と流れ作業を終えてから殺風景なリビングの窓にくっついて座った。何も敷かれていないフローリングから直にひんやりとした冷気が伝わってきて少し寒い。窓から入り込む日差しがじんわりと背中だけ温めてくれる。

ルームマットがないのは我慢できても、やはりテーブルがないと食事の時に不便だ、とぼんやり考えていると急に携帯の着信音が鳴った。物がほとんどない部屋にいるせいか、普段よりも大きく聞こえる。発信者は確認するまでもなくみやちゃんだ。ココで通じる番号は彼女のものしか登録されていない。

「もしもし」

「もしもし、なまえちゃん?」

「はい」

「突然ですが、赤とピンク、どっちでしょう」

「…え?」

どっちでしょうって、どういう意味の?言葉通り突然だった設問を深く考える暇もなく、回答を急かされる。

「なんとなーくでいいから、はい、さんにいいち」

「うーん………ピンク?」

「うんうん、了解。今日って空いてる?」

「えっと、二時くらいには家にいないとなんですけど、それまでなら」

「よかった。うちに遊びに来ないかなって思って」

「えっ!」

吃驚した。つい一昨日お世話になってアドレスも交換して、良い人だなってとても好感を抱いたけれど、その時限りという可能性もなくはないと思っていたものだから。連絡を、しかもこんなに早くくれるとは想定していなかった。自分が人見知りをする性質で、気の置けない仲になるか伝達事項がないとあまり自ら連絡を取らないので、尚更。
思わず生じてしまった少しの沈黙に、みやちゃんが慌てた声を上げた。

「え、もしかして嫌だった?」

「ううん、行きたい、嬉しい」

「よかった。じゃあ、住所メールしてくれる?あと十分くらいしたら出発するね」

「わかった、ありがとう」

通話を終えてから画面を見つめる。通話時間、56秒。こんなちょっとの時間で今日の予定が想定から外れて、ついでにあったかい、嬉しい気持ちになって。不思議だなって思いながらぽかぽかする胸に手を当てて、通話画面を閉じた。

「…あ」

待ち受けに表示される時計を見てハッとする。しまった、のんびりしてる場合じゃなかった。みやちゃんが来る前に着替えちゃわないと。





髪の毛をササッと整えて鞄の中身を確認したところで、家のチャイムが鳴った。「可愛い家だね」と言われて苦笑いが漏れる。私も最初はただ可愛いと思っていたけれど、やはりパステルカラーって周りから浮いてる気がする。迎えに来てくれた車に乗り込んで十分もしない内にみやちゃん宅に到着した。そんなに離れていないらしい。車を降りると、外観も表札もゆっくり見る暇なく玄関に押し込まれた。

「ふふ、もう準備してあるんだよ」

「…準備?」

背中を押されるままに廊下を進むとリビングに着いた。促されて椅子に座ると、すかさずケープを巻かれる。…え、ケープ?

「みやちゃん、ピンクってまさか…」

「いいでしょ、似合うと思って!」

赤味掛かった黒もいいかなーって悩んだから二択にしたんだけどねー、と喋るみやちゃんの手にはいつのまにやら小さいボウル。グルグルと混ぜられる液体から独特のにおいが放たれて部屋をあっという間に充満させた。市販のものじゃないらしくそんなにキツく感じないが、それはそれでみやちゃん何者、と。

「よーしいくよー」

「お任せします…」

もうどうにでもなれ、と思う。彼女のセンスの良さは初対面時にわかっているんだ。心配することはない…はず…。





「かゆいところはございませんかー」

「ありませんよー」

お風呂場にて、すすぎに続いてシャンプー中。服が濡れないように、頭を浴槽の縁に置いている。指の腹を使った地肌マッサージよろしくなシャンプーが気持ちいい。手つきがプロすぎる。リンスまで終えてから、リビングに戻ってブローをしてもらった。至れり尽くせりで途中ちょっと意識飛んでた気がする。セットを終えてから鏡を渡されて、新しい髪色とご対面。

「おおお…!みやちゃんすごっ…!なにこれすごい!かわいい!」

目が飛び出るって多分、こう言う時に使うんだ。一応中学生なのにカラーリング…しかもピンク…とほんの僅か残ってた不安なんて吹き飛んで、ひたすら感激するしかない。派手すぎないやわらかいブラウンにほんのりと混じったピンクが混ざってて、カツラみたいに髪の毛だけ浮いちゃうことなく自然に顔とマッチしてる。社会人になってから何回かピンク系にチャレンジしたことはあれど、ほんの少し赤い程度の茶髪になるか、染まりすぎて顔とミスマッチになるかだったから、諦めて無難な色を選んでいたのに。まさか自分がこんな色になれるとは思わなんだ。

「そんなに喜んでもらえると私も嬉しいわ。うん、やっぱ似合ってる、かわいい」

よーしよし、とまだ温かさの残る髪を撫でられて頬が緩む。私も色落ちしたら次お揃いにしようかなー、と呟くみやちゃん。美人さんだから何色でも似合うと思う。ただ、同じ色にしちゃうと顔面の差が際立って、隣に立った時にわたしが残念になっちゃいそうな気がしなくもない。

「そういえば、リビングで染めちゃって大丈夫でしたか?においとか…」

そんなにキツい香りではないとは言え、一応ここはご飯を食べる場所だ。不快感を覚える人もいるのではないだろうかと聞くと、だいじょーぶと笑って返ってきた。

「親は夜まで仕事だし、弟は部活と、友達の家だから。夜には問題ないよ」

「そっか…ならよかった」

「あ、弟と言えばさ、もしかしたら同じ学校だったりするかもね」

「え、弟さん、中学生?」

前に会った時、買い物に連れ回すって言ってたからてっきり歳が近いんだと思ってた。

「うん、結構歳離れててさ。上は中学生、下は小学生。まあ…私が言うのもなんだけど、顔整ってるからサバ読めるよ」

「あー…」

何となく想像できちゃうところが羨ましい。多分ご両親も綺麗で、美人一家なんだろう。血筋ってすごい。

「もし一緒だったらよろしくしてやってね」

「はい、もちろ…ん…ってうわああ」

空気を読めわたしの腹。返事をしてる途中でキュルキュルキュルー、と控えめに音を立てた。そういえば朝ごはんを食べていなかった。食べるべきだった、と後悔しても後の祭りである。恥ずかしさに俯くとみやちゃんが噴き出した。

「ふふ、かわいい、お腹空いた?」

「…朝ごはん、食べてなくて…」

「よっし、おねえさまが頑張ってお昼ごはん作りましょう。二時前に帰れば大丈夫なんでしょ?食べてってね」

「おねえさま…!」

「良い響き。でもやっぱりお姉ちゃんのほうがいいなあ。あ、オムライス、卵は薄くて包む派?トロトロ派?」

「トロトロ!」

「任せなさい。座って待っててね」

「お姉ちゃん大好き…!」

「いいこいいこ」

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