「うわぁ…」

寝覚めの第一声。朝が苦手なわたしにしては意識がすっきりしているな、と思いつつ携帯を点灯させたら一時だった。そりゃあもう朝じゃないもんねすっきりもするわ。昨日はすぐ寝ちゃったから、かなりの時間眠ったはずなんだけど…一回も起きないってどんだけ疲れてたんだろう。ぐぐぐっと腕を伸ばすと肩が嫌な音を立てた。…寝すぎたな…。

さて今日は何をしよう。昨日の内に家具は頼んだから、その内届くだろうし。服や日用品もみやちゃんのおかげで大方揃ったし。あとは…食材、か。昨日の夕飯はコンビニで済ませちゃったから、今日こそ買いに行かないと。駅に行く途中で見掛けたスーパーにしよう。歩いて十分くらいだった気がする。…十分、か…。近い距離、なんだろうけど。どこに行くにも車に乗ってたから歩いてどこかに行くことがすごく憂鬱だ。昨日電車に乗るのも辛かったな…学生の時以来だし、人は多いし。…愛車が恋しい…この見た目で乗れるわけがないのも車が用意されてないのもわかってるけど、くたびれた社会人に徒歩でスーパーとかきついです…。行く前から気分が下がってきた。大丈夫だなまえ、精神はくたびれてても体は若いんだ、がんばれなまえ。





やっぱり無理でした。スーパーから十メートルほど歩いたところで既に力が尽きかけていた。重い、指に食い込むビニールが痛い…!醤油を初めとした調味料に、お米に、飲み物に、野菜に…と生活を始められそうな程度の買い物をしたらとんでもない重さになった。往復二十分を数回繰り返すよりも重さに耐えた方がマシだろうと思ってこっちを選んだのは失敗だったかもしれない。お家が、とんでもなく遠いよ…。

荷物を置いて休憩して、少し歩いて、休憩して、少し歩いて。十分経っても、まだ半分の距離も移動できていなかった。…いつになったらお家に着くの…。いっそのこと荷物を放り出して走って帰っちゃいたいなんて思ってちょっと目が潤んだ。

「おい」

後ろから来た車が減速したかと思ったら声が聞こえた。…わたし?いやそんな馬鹿な。わたしの隣に車をつけられたわけじゃないし、違うはずだ、きっと。

「おい、そこのお前だ、止まれ」

ジーザス、やっぱりわたしだった…!イチャモンつけられるんだろうか、それともロリ趣味の人が道わかんないって装って車に乗せようとするんだろうか。こうなったらもう食材なんてどうでもいい、走って逃げよう。

「ったく、聞いてんのか」

車を横につけられて腕を掴まれた。袋を手放す暇もなかったよ…よく考えたら走っても追いつかれたんだろうけどな…。絶望を感じながらわたしを掴む腕を辿っていく。………あれ?

「お前の家はどこだ」

絶望感なんてものは霧散した。代わりに訪れたのは唖然だ。ぽかーんと、さぞ間抜けな顔をしているだろうことが鏡を見なくてもわかる。だって、何でこんなとこにいるのこの人。色素の薄いブラウンの髪に、蒼い双眸。カラコン以外の青い目なんて初めて見た。…跡部さまだ。想像していたよりあどけなく幼さが残っているけれど、彼は間違いなく跡部さまだ。

「ええと…ここから徒歩六、七分くらいの、とこですけど…」

「あのスーパーからだな、何分掛かってんだ」

「…十分、くらい」

「ハッ、その様子じゃあと三十分は掛かるな」

「そうですね…」

えっまさかこの人そんなこと言うために車止めたの?わざわざ?知らない人に?どんだけ意地が悪いの…俺様が乗せてってやるよくらい言えよ、頼むよ切実だよ。

「送ってってやる、乗りな」

跡部さま…!と心の中で叫んでしまったのは仕方がない。ごめん勘違いしてごめん。不審者じゃないし意地悪でもなかった、心の広い方でした。知らない人を乗せてやるとかどれだけ優しいの。…それだけわたしが見るに堪えない歩き方をしてたんだろうな。
跡部さま自ら開けて下さったドアから乗り込んで思わずうわあと言いそうになった。車体の幅で何となくわかってたけど何これ広い。車内すごい広い。高級車に乗るのなんて初めてなもんだから緊張する。しかも両手にはスーパーの袋である。場違い感が半端ない。

「あの、すみません、わざわざありがとうございます」

「あのまま放っておいたら男じゃねえよ」

跡部さま男前…!この人に人気があるのは当たり前だよ、こんなに中身が良い男なんだもん、そりゃあ若い女の子なんてイチコロだわ…。

「六、七分つってたが、どういけばいいんだ」

「あ、えっと道なりにまっすぐ行ってもらうと、左手にパステルピンクの屋根が見えると思うんで…」

「わかった。おい、土山、頼むな」

「了解しました」

ありがとう土山さん。運転席の方まで見えないからどんな方かわかんないが。分かり易い外観の家だから、見ればすぐにわかると思う。だってパステルピンクの屋根って。そんなの見たことなかったよ。外壁はアイボリーで、二階がないからちょっとこじんまりとした可愛い家だ。こじんまりって言っても結構横に広いから、良い家を用意してもらったよなーと思う。見た目も私好みで。…まあ、急に放り出されたんだからそれくらいしてもらってもバチは当たらない気もするけど。でもただ放り出されただけだったら初日にどうにかなってただろうから、ありがたく思わないとやっていけない。

大して喋る時間もなく、すぐに到着した。近い距離のはずですもんね、この荷物さえなかったら。跡部さまが拾ってくれなかったらまだ数十メートルしか進んでなかったんだろうなんて考えたくない。多分着く前に泣いてた。

「本当にありがとうございました、助かりました」

「ああ、今度からは気を付けろよ」

「はい、そうします…」

会釈をして出発するのを待っていると跡部さまがドアを閉める直前に振り向いた。

「じゃあまたな」

「はい、また……え、また?」

戸惑うわたしを尻目に黒塗りのやけに長い車は走って行った。知らない人にまたなって…リップサービスなの?この歳からプレイボーイって…末恐ろしいぜ…。

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