リリリリリ…リリリリリ…。

初期設定のままのアラーム音が遠くで聞こえる。眠い、まだ起きたくない。でも確かもう二度寝用のアラームは消したはずだから、これは本アラーム、なんだろうな。起きなきゃだな。いやだな、眠いな。手探りで携帯を目の前まで持ってきてうるさい音を止めた。あと五分くらい寝ても大丈夫かな、と薄目を開けて時間を確認する。

「…ん?……ん?!!」

あれ、おかしい。本アラームを掛けてる時間は、六時半。仕事に行く時間は、七時半。只今の時刻、七時五分。…寝坊だ!よくよくアラーム機能を見ると、スヌーズ、と小さく表示されている。五分間隔で設定した気がするから何回も鳴ったはずなのによく目が覚めなかったな…わたしの睡眠欲ってばすごいわ。

携帯を持って階段を駆け下りると、愛犬がおはよおはよってじゃれてきた。かわいい、すごくかわいい。いつもは心ゆくまで撫でてから支度をするんだけど、時間がないからちょびっとだけ撫でて「ごめんね寝坊したからまた今度ね」って洗面台へ走った。えっもう撫でるの終わり?って固まるわんこが仕事を休んじゃいたいくらいかわいいけどそんなわけにもいかないから急いで歯磨き、洗顔を終わらせる。化粧水を肌に叩いて、時計を見ると七時十二分。…ううん、化粧に時間掛けられないな。仕方がないから今日はファンデーションとリップで我慢しよう。髪の毛もささっと済ませて、七時二十分。お弁当…は無理だな、カップ麺で我慢しよう。割り箸と一緒に鞄へ突っ込んで、七時二十二分。…何とか朝ごはん食べられそう。朝食抜いちゃうとお昼前にお腹がきゅるきゅる鳴るから、何かしら食べないとね。

時間がないからお茶漬けを食べることにして、お湯を注いでふーふーしてるとわんこがやってきた。こてん、と顎をわたしの腕に乗っけてうるうると真ん丸な目で見つめてくる。ねえねえ何食べてるのぼくも食べたいな一口ちょーだいよ、ぼくおこめ好きだよ、というおねだりである。

「いやあのごめんね今日まじ時間ないんだって、ごめんね自分の朝ごはん食べてね、これはわたしのだからね」

うるうる。

「あああもう七時二十五分!やばいんだってまじごめん」

こてん。

「…もうだめだかわいい!もう!一口だけだからね!」

小皿を持ってきてスプーン一杯分をふーふーして広げてあげるとくんくんしてから食べ始めた。わたしも急いで流し込んで食器を片付ける。忘れ物は…ないはず、よし。

「いってきまーす」

「いってらっしゃい」

「…いってきます…」

「…?いってらっしゃいってば何してんの」

「わんこが…かわいすぎる…」

クゥンクゥンと寂しそうに鳴きながら見つめてくる愛犬が可愛すぎて玄関から出られない。七時三十一分である。中々出て行かないわたしをお母さんが不審げに見に来て溜息を吐いた。

「かわいいのなんか知ってるわ。いいから早よ仕事行け」

「ですよね……いってくるねいい子に待っててね!」

最後に一撫でしてやっと家から脱出。車庫まで走って車に滑り込んだ。エンジンを掛けてナビを見ると普段出発する時間よりも五分遅れていた。やばい、急がないと。ブレーキを踏んでパーキングからドライブに。アクセルを緩やかに踏み込んで、発進。

「…」

発、進…。

「…あれ、なんで?」

車が前に進まない。DとN間違ったか?と確認するけどちゃんとドライブになってる。まさかこんなタイミングで故障とか嘘だろ。昨日仕事から帰ってくるときは普通に動いてたのに。原因がわからないからとりあえずエンジンを掛け直してみた。もう一回、アクセルを踏む。

「…やっぱだめか。あーもう遅刻だ…!」

とりあえず家に帰って電話しないと。会社にも、車屋さんにも。車の返済自体終わってないってのに、修理とか…やだやだ。いくらかかるんだろう。想像すると肌寒くなった。最後の悪あがき、とばかりに力いっぱい踏み込んでみた。

「…はあ」

それで動いたら苦労はしないか。仕方がない。溜息を吐いて足を上げようとした時だった。動かないままだった景色が、後ろへと移動した。

「やった…!」

修理代掛からない、仕事も少しの遅刻で済む…!上げかけた足の裏に再度力を掛けた、次の瞬間。


「っ、…!!?」


ドン!!!!


今まで受けたこともないような大きな衝撃が全身を襲った。…何かに、ぶつかった?…何もなかったのに、何に?瞼を開けて確認しようと思ったけれど、どうにも重くて言うことを聞かない。頭がくらくらしてぼーっとする。まったくもう、何なんだ今日は…厄日か…?朦朧として段々と意識が遠退いていく。お母さんが犬の散歩に行くときびっくりするだろうなあ…。

「…?」

突然、ほとんど感覚のなくなった身体があたたかさを感じ取った。まるで何かに包まれているような、優しい温度の。心地よさに後押しされながら完全に意識を手放す寸前、どこからか“大丈夫”と聞こえた気がした。

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