「…え?」


何とか、それだけ搾り出したロンの声がなまえの耳に届いた。ハーマイオニーとハリーは最早驚きのあまり声の出し方も忘れたようだ。口を開けたままなまえを凝視している。

「え…やっぱり、ほら、ね、だから聞かないほうがいいよって言ったのに」

困ったなあ、といったふうに笑う表情に何とか三人の金縛りが解けて声を発した。

「君、ほんとになまえ?誰か摩り替わってる?」
「ていうかアレだよほら、何か悪いもんでも食った?」
「あ、その線で行くとあれじゃないかしら?惚れ薬でも飲まされたんじゃ…!」
「そうかそれがあった!大変だ、先生に見せないと、」

ひどい言われ様に、少女の笑いは苦笑に変わった。ある程度反応は予想していたけれど。

「大丈夫だよ、至って大丈夫。惚れ薬なんて誰にも飲まされてません」
「本当に?…それはそれで心配なんだけど」

ハリーの言葉に、二人とも深く頷いた。
何にここまで彼らが驚いているかというと、なまえの恋の相手についてだ。普段そういった女子特有の恋愛話に進んで参加しない彼女だからてっきり好きな人はいないと思っていたのだが、隠していただけのことらしい。そして彼女が今日うっかり自分の口を滑らせたのだった。
好きな人がいることをからかいたいわけじゃない。友達が恋をしているとあれば応援したいという気持ちが湧くのも当然の事。とりあえず相手を知らなくてはと、自分の失言をごまかす彼女からどうにか聞きだした。…の、だが。その相手が問題だった。大問題だった。あろう事か、

「ス、スネイプ、先生…」

特にグリフィンドールの生徒からは嫌われる、魔法薬学の教師。友達の恋を応援したい、などと思った気持ち諸共頭の中が真っ白に吹っ飛んだわけである。理解できない。

そして冒頭に戻る。

「わかったわ。なまえは惚れ薬を飲まされていない、至って正常。そういうことにしておくから」
「うん、実際そうなんだけどね」
「で、気になるのが、どこをどう好きになったかってことなのよ」
「それは僕も気になるね、だって君、入学当初は僕らと一緒にあいつの悪口言ってたじゃないか」

一体あんな奴のどこを。三人が詰め寄った。

「確かに最初はそうだったけど、あれは勝手に性格決め付けてたってのもあるし」
「そうか?僕は今でもまったく印象変わってないけど。…ああ失礼間違った、悪くなってるけど」

ロンがわざとらしく言い直すとハリーは思わず吹き出してしまい、それをハーマイオニーが咎めたけれど、彼女の肩もこっそり揺れていた。

「スネイプ先生、グリフィンドールを敵視しているせいか辛く当たるけど、本当は優しい人なんだよ。ほら、私この前具合悪くて医務室行ったでしょ、覚えてる?」

なまえが聞けば、三人はそういえばと頷いた。夕食に行く途中で具合が悪いから、と三人と別れたのだ。

「その途中で吐き気がひどいのと頭が熱いので歩くのが辛くなってうずくまったの。廊下だったけど気にしてられなくて。そこに丁度スネイプ先生が来たから、こんな時に嫌味言われても返す元気ないよなーなんて考えたんだけど、先生、具合悪いのかって聞いただけで、頷いたら連れてってくれたんだよ」
「え…ちなみに、連れてくって?」
「いや…あの、ほら、私動けなかったし…」
「まさか…」
「そのまさか、なんですよね…」

話していて照れたのか、なまえが少し恥ずかしそうにしている。言うまでもなくその他三人の顔は信じられないとでも言うように青ざめていたが。
動けなかった彼女をどう運んだのか、なんて表情を見ていれば聞くまでもなかった。俗に言う、お姫様抱っこ。それをスネイプが、なんてとてもじゃないが想像できなかった。どう頑張っても顔にモザイクが掛かる。

「まだ続くんだけど…聞く?」
「…一応」
「了解。その翌日にお礼しないとと思ってクッキー作って持ってったんだ。そしたら、折角だから紅茶飲みながら一緒にどうだって言われたから一緒にお茶して、その時リボンなくした話をしたの」

なまえは普段髪の毛を下ろしているが、授業中などは邪魔だからと白いリボンで結っていた。でもそれをなくしてしまい、かといって買いにいくのは週末にならないと無理だからどうしよう、と言っていたのを覚えている。
翌週から、可愛いらしいレースのシュシュを使っていたから、てっきり、ホグズミードか通販で購入したとばかり思っていたのに、まさか。本日二度目のまさか。
三人の目が、使われるのを待つ間彼女の手首に納まっているシュシュに注がれた。

「それで、後日、クッキーのお礼だとか何とかでそれをもらった…とか、言わないよね…あは、は」

ハリーが笑ってはみたものの、図星ですと書いてある顔を見てがくりと肩を落とした。

「え、マジでか…」
「私、どうみてもスネイプがそんな人には思えないわ…」
「僕も…」





「スネイプ先生!」

ダンブルドアに呼ばれ校長室で用事を済ませた後、自分の教室へ戻ろうと歩いていると、廊下で後ろから柔らかな声が掛けられた。

「なまえ」

笑顔でスネイプに駆け寄る少女、それがスリザリンのローブを着ていたのなら何ら違和感は無いが、グリフィンドールの生徒ともなると周りにいた生徒は怪訝な眼差しを向けた。
先程まで一緒に歩いていた友たち三人は、応援したいような信じたくないような相反する気持ちのもとに微妙な眼差しで微妙な距離を保ち見守っている。

「この間はありがとうございました。可愛いリボンだったので、ずっと付けてられるようにしたんです」
「ほう。器用なものだ」

勉強道具を抱えたなまえの腕を見て、スネイプが感心したように頷く。
出掛けた先でこれを見掛けて彼女が言ったことを思い出したときはこうなるとは思わなかった。世辞無しで、器用だと見て取れる。
そういえば先日授業での調合も上出来だったし、細かな作業が得意なのかもしれない。
不意に、白いリボンから腕に目を移すと赤く一本の線が入っているのが映り込んだ。

「それはどうしたのですかな」
「え?…あっ!」

視線で示せば、気付いたなまえはしまった、という顔をしていた。

「あの、えっと、あー…」

歯切れが悪い言葉。「言いたまえ」と逃げ道を断ってやると彼女は罰が悪そうに口を開いた。

「この間の、授業で…その、不注意で鍋に触ってしまって」

この間、というと上手く調合できていた時だ。蚯蚓腫れになっているくらいだから相当痛かったと思うが、なまえはそんな素振りを見せてはいなかった。

「どうしてそのとき言わなかったのだね」
「だって、言ったらきっと医務室に行かされちゃうじゃないですか」
「当たり前だ。女子ならなおさら、跡が残ったら困るだろう」
「で、でも、先生の授業受けてたくて…」

馬鹿な生徒だと思われてしまうだろうか、となまえの言葉は尻すぼみになる。
少しでも頑張りたかっただけなのだ。恋の相手として見てほしいなんて言わないから、せめて良い生徒でいたかった。

「ならば、授業が終わってからでも行けば良かっただろう。マダムポンフリーならそれくらい容易い」
「そうしたら火傷した理由、言わなきゃになるから先生の耳に入ったら呆れられるかと…」

話し掛けてきた時と打って変わって落ち込んでいる少女の姿に、スネイプは一つ溜息を吐いた。

「…なまえ」
「は、い」

何を言われるのだろうか、減点?呆れられた?
そんな心配でいっぱいになった頭に、思いもしない言葉が届く。

「着いてきたまえ」
「えっ?!ど、どこに?」
「我輩の部屋だ。…薬を調合してやる」

吃驚して返事を出来ずにいると、スネイプは既に歩き出していたので少女は慌てて追いかけた。

「まっ、待ってスネイプ先生!」




一方、微妙な心持ちで見守っていた三人は、遠くなる二人の背を見て本日何度目かの唖然とした表情をしていた。

「…え、ちょっとさ、それ、こっちの台詞じゃないか?」
「そうね…待ってって言いたいのはこっちだわ」
「スネイプ頭でも打ったんじゃないのか?マルフォイにでさえあんなに優しくないぜ」
「しかも次の授業どうするのかしらなまえ」
「いいんじゃないか、そのまま言えば」
「“スネイプ先生の部屋に行きました”?説教か何かと間違われるのがオチだ」
「言えてる。目の前で見ても信じられないもんな」




一人の少女と男がこれからどうなるのか、まだ誰にもわからない。少女の片想いで学校生活が終わるかもしれないし、報われない恋が辛くて途中で諦めてしまうかもしれない。…しかしそう、未来は未定である。もしかしたら。男が遠い昔に愛した、今なお愛している人の墓で少女を紹介する日がくることも、あるのかもしれない。

可能性は生きている限り変わり続けるのだ。
閉ざした心も、また同様に。

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