入学した頃はまだ、同じくらいに華奢だったはずの背中は、いつの間にあんなに大きくなったのだろう。後輩指導をする幸村を見つめながら、ふとそんなことを思った。肌寒いからと上着を私の肩に掛けてくれた幸村は半袖のユニフォーム一枚で球出しをしている。動いていれば温かいのだろうけれど、運動に慣れているせいか中々汗をかかない人なので見ていると寒々しい。 後輩の打った球を幸村が逆サイドへ打ち返した。ラケットを振ると濃く浮き出る肩甲骨がひどく私を誘う。指でなぞりたいなあ、なんて溜息。ふと目の合った柳が意味有りげに笑ったので多分見抜かれたんだろう。さすが参謀さま。苦笑いを返してから、懲りずに幸村の背中をフェンス越しに見つめた。幸村が動くたびに、息をするたびに、揺れる。後輩を交代させる為に「次!」と声を張り上げると背中が震えるのが見えた。きゅうっと心臓が甘く鳴いて、私まで小さく震える。私、そんなところまで好きなんだ。「もっと腕を振り上げて!」と指示を出す幸村に連動して微動する背中までも、愛おしいんだ。気付いてしまったら、部活の終わる時間が堪らなく待ち遠しく感じた。 * 「お待たせ」 後ろから声を掛けられて、ボーッと眺めていたコートの片付けをする一年生たちから視線を移した。ヘアバンドを外した幸村がふんわりと笑っている。遠目には涼し気に見えていたのに、髪の毛が少ししっとりしているみたいだ。そんなところにもきゅん、としたりして。 「どこか寄っていく?」 校門へ向かって歩きながら聞かれる。今日は職員会議の関係で部活が早めに終わるから一緒に帰ろうね、と前から約束していたのだ。今は丁度アイスがトリプルになるキャンペーンをしているから、二人で食べに行こうかな、と思っていた。練習を見るまでは。 「ううん、今日、幸村の家行っていい?」 * 幸村ママの作ったクッキーと幸村の淹れてくれたハーブティーでおやつタイムを過ごしてから、タイミングを見計らってそわそわしていると幸村がおかしそうに笑った。 「なあに、どうしたの?」 「や、あのね、やりたいことあって…」 「ふふ、いいよ。何?」 「幸村の背中貸してくれる?」 「…背中?」 「背中」 不思議そうにする幸村にこくりと頷く。予想していなかっただろうお願いに幸村は首を傾げながらも承諾してくれた。 「どう貸せばいいの?寝転がる?」 「ううん、座ったままでいいよ」 背中を向けてくれた幸村に近付いて、ぴとりと耳をくっつける。驚いた幸村が一瞬揺れた。どくり、どくりと心臓の音がして、呼吸音まで聞こえる。 「こうしたかったんだ?」 喋る幸村に合わせて背中が震えた。少しくぐもって聞こえる声が心地いい。 「うん、こうしたかった。なんか…部活見てたらね」 「うん」 「幸村の背中まで好きなんだなって思って」 喋りながら、ぐでーっと体重を乗せた。ぐいっと跳ね返されて、すぐに元の体勢に戻る。 「俺にもさせて」 「背中?」 「背中」 幸村の背中から離れるのは惜しかったけど、ご要望にお応えして幸村に背中を向けた。 「、ふふ」 「なに?」 「小さいから体勢辛いよ。膝立ちして」 「はーい」 「…、」 「…どう?」 ぴとり。腰に手を回されて、背中に幸村の頭がくっついた。 「心臓、早いね」 「、幸村だもん」 「俺もね、なまえの背中まで好き」 「…、」 自分も言ったことなのに、言われると照れる。余計に早鐘を打つ心音に幸村が笑った。 背中から離れたのを感じて振り返ると、幸村のほっぺたが少し赤みを帯びていることに気が付いた。幸村も照れてくれたのかなと思うと嬉しい。今度は正面から胸に耳をくっつけてやろうと思い付いて、幸村に飛びついた。今日はほのぼのといちゃこらすることにして、肩甲骨をなぞるのはまたの機会にいたします。 (幸村の背中/141009) |