「うええええん…」
道行く人が私を凝視したり二度見したりあからさまに目を逸らしたりしてくる。いつもなら恥ずかしいって思うんだろうけど、今はそんなのどうでもよかった。ただひたすらに、目を擦りながらも、足を前へ前へ動かして。やっと見えた洋風の門と、広大な庭。大好きなはずの彼の花たちを堪能する余裕はない。玄関まで走ってインターホンを押した。さほど待たずに扉が開かれて、美人な幸村ママがびっくりした顔で私を出迎えてくれた。
「なまえちゃん、どうしたのっ?」
「ひ、っく、ゆき、幸村くん、会えますか」
「精市が何かした?」
心配そうに聞く幸村ママ。ぶんぶんと首を振って、会いたいんですと言うと、優しく笑って目元を拭ってくれた。
「あの子なら今部屋にいるわ。お邪魔しないから甘えておいで」
「あ、ありがとう、ございます」
「お夕飯食べていく?」
「食べ、たいです」
「ふふ、張り切って作るわね」
よしよし、と軽くハグして頭を撫でられる。笑い方が幸村に似ていて、だからつい素直になってしまうのだろうと思った。背中を押してもらって階段を上がる。すんっと鼻水を吸ってから、Seiichiと書かれた可愛いウッドプレートのぶら下がっているドアをノックした。すぐに「はーい」と柔らかい声で返事が返ってくる。ノブを回して部屋に足を踏み入れた。ベッドに腰掛けて本を読んでいたらしい幸村が、私を見て目を真ん丸くする。
「どうしたの?何かあった?」
「ひっ…」
「ひっ…?」
「うええええん…!」
「え、ええー?」
幸村を見て、幸村ママに止めてもらった涙が一気に込み上げてくる。幸村の足の間に膝立ちして、ぎゅうっとお腹に抱きついた。本をどこかに置いた音がして、その手が私の頭に着地する。よしよしと撫でて、慈しむように髪を梳いて。幸村に守られているような安心感に襲われて、赤ん坊みたいにわんわんと泣いた。幸村は促すように撫で続けてくれる。すんすんと鼻水を啜ると鼻腔が幸村の匂いでいっぱいになってたまらなくて、幸村のお腹に頭をぐりぐり押し付けて思いっきりすんすんした。泣き声の治まった私に、幸村がクスクスと笑う。
「こーら」
「んん〜」
「ぐりぐりしないの」
「ん〜」
生返事で余計にぎゅうぎゅうしてすんすんする私を幸村は諌めるものの、止めはしない。好きにさせてもらえるまま幸村を堪能する。
「泣きながら俺の家来たの?」
「うん」
「電話くれれば行ったのに」
「あっ…」
「ふふ、忘れてた?」
「うう、だって、とにかく幸村に会いたくて…」
「…もしかして手ぶらで来たの?」
「そう、かもしれない」
思い返してみる。幸村の家に来るまでを。お母さんと喧嘩して、それで…どうしようもなくて、頭がパンクしそうになって、それで。気が付いたら何も持たずに家を飛び出していた。幸村は「はあ〜」と気の抜けるような溜息をついた。
「そういう無防備なとこ、かわいいけど、危ないから気を付けないとだめだよ」
顔は見えないけど、多分、困った顔で笑ってそう言う幸村。さっきみたいに生返事を返すと今度は半ば本気で怒られた。
「ごめんなさい…」
「手ぶらで泣きながらなんて何かあった時危ないだろ?」
「はあい…」
「よしよし、いい子。…あ、いい匂いするね」
すんっ、と鼻をならした幸村。私は幸村の匂いでいっぱいで、何のことだからわからない。仕方なく少しだけ幸村のお腹から離れると、料理の美味しそうな香りが微かにした。
「そろそろ降りようか。なまえもお腹空いたろう?」
「うん。食べてくの知ってた?」
「母さんはなまえ好きだし、なまえも母さんの料理好きだからね」
「料理だけじゃなくて幸村ママも好きだよ」
「それはよかった」
「だってね、幸村ママ幸村に似てるの」
「俺が母さんに似たんじゃなくて?」
「うん?幸村が好きだもん」
だから幸村が基準になっちゃう、とは言わなくてもわかってくれて、幸村はふふって笑ってくれた。幸村に手を引かれてリビングまで歩く。泣き止んで幸村と手を繋いでいる私を見て、幸村ママがふふって笑った。ほらやっぱり、似てるよ。笑い方も、優しいところも。
「やっぱりなまえちゃんは笑ってるほうが可愛いわ」
「、」
「お嫁さんに来るのが待ち遠しいわね」
「、!」
「そう遠くないよ。ね、なまえ」
「、!!」
「ふふ」
動揺する私を見て笑うところまで似てる幸村親子に顔が真っ赤になる。苦し紛れに反撃を繰り出してみた。
「…せ、」
「?」
「せいいち」
「、!!」
一瞬で耳まで赤くなる幸村に、今度は私と幸村ママが笑った。私もいつかのそんな日が待ち遠しいな、幸村。泣き虫と甘えたは治らないかもしれないけど、呼び方は直さないといけないね。じゃあ私は精市ママ?って聞く幸村ママに、精市ママ!って元気よく呼んだ。精市ママ、幸村を産んでくれてありがとう。

(幸村にあまやかされ隊/140917)

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