彼は私のことを気にしてくれない。四六時中デスクに向かって匣だか兵器だかを作ることに夢中になっている。ご飯を食べるのも忘れるくらいだ。その分私は四六時中ほったらかしで、ここ数ヶ月彼と出掛けた覚えが無い。といってもよくよく考えてみれば出掛けたといってもデートと言えるものではなかった。買出しに無理を言って一緒に行ったりだとか、空気を吸うためだとか、居場所がバレそうになったから転居するだとか。
何でこんな奴を好きなんだろう。何で付き合ってるんだろう。そもそも付き合ってったっけ…?付き合うという意味の定義がもはやよくわからない。
ごちゃごちゃと考えていると、振り向きもせずにヴェルデが「もう戻れ」と言った。寝室に、という意味だろう。それもそうだ。今の時刻は十二時半。もちろん夜の。

「まだいいもん」

「良い訳あるか。大体夜更かしのせいで肌荒れがどうとか言っていたのはお前だろう」

「もういいよそんなの。まだ寝たくない」

ぎゅう、とお気に入りのクッションを抱き締めて顔を埋めた。ふわふわとしたカバーが気持ち良い。
まだ寝たくない、なんて嘘だ。もうとっくに眠い。それでもここに居たいのは、やっぱり、というか考えるまでもなくヴェルデがいるからだ。一日のサイクルの中で、寝るとき以外はほとんどこの部屋にいるなぁと改めて思う。ご飯も此処で食べるし、空いてる時間も此処で過ごしている。そのせいで色味のなかった彼の研究室にテーブルが置かれるようになったし、お菓子だとかクッションだとかも置かれるようになった。暇すぎるので彼の本棚にある中で比較的簡単そうな本を読んだりもするのだが、それでも私には難しくて途中で寝てしまうことが多い。ヴェルデが仮眠をこの部屋で取るわけじゃないのにブランケットがあるのはそのためだ。

「嘘吐け、もう眠いんだろう」

「…眠くない」

頑なに首を振れば、溜息が小さく聞こえた。

「じゃあ、どうしたら寝てくれるんだ」

「ヴェルデが、一緒に寝てくれたら」

「それは無理だ」

「知ってる」

「…」

また溜息が聞こえる。でも仕方無い。少しでも一緒に居たいんだ。だから日中だって出掛けずにここに居るし、眠るのだって我慢している。何だかんだ言って私が彼を好きなのは変わりようのない事実であるのだから。
彼が私を見てくれているのかは定かでないけれど。

「そうだなあ、青いバラでも作ってくれたら寝ようかな」

何となく頭に浮かんだまま口にすれば、ヴェルデは「は?」と初めて振り返った。

「お前が寝ることと関連性がないだろう。しかも俺の記憶が確かなら既にできてるはずだが」

「うーん、あれ青っていう青じゃないじゃない。もっとこう、不可能の代名詞としてみんなの心に描かれたような真っ青なやつがいい」

たまたま思いついただけで、本当に心から見たいというわけじゃない。それをわかっているヴェルデは呆れたような顔をした。

「不可能には不可能なりの科学的な理由があるんだ。無茶言うな」

「でもヴェルデは天才科学者でしょ?匣作るよりは簡単だと思うんだけどな」

これは本音だ。匣は未知数の世界。常識も何も通用しない分野だ。その分青バラは匣のように魔法染みたしかけも何もない。
けれど彼に言わせてみればそれがまた好奇心をくすぐるようで、「匣は無限の可能性が広がっていて知性を刺激されるからこそ面白いんだ」と真面目くさった顔で言われたので言葉を返せず立ち上がった。
話がそれてしまったが元はといえば一緒にいたい、離れたくない、ので一緒に寝たい、が断られた、のでこうなったのだ。根本を忘れるくらいにそれた話をまた元に戻すのもしつこいかもしれないし、一度断ったからにはイエスと言わないだろう。私とて彼の邪魔をしたいわけではない。

「もう寝るよ。ごめんね、おやすみ」

そういえば一緒に眠ったのもいつが最後だったろう?人間は一週間寝ないままだと死んでしまうとよく耳にするけれどヴェルデはもうとっくに二桁な気がする。大丈夫かな、でも今は手が離せなそうだし明日は無理やりにでも寝てもらおうかな。そんなことを考えながら寝室へ向かおうとドアノブに手を掛けたらグイ、と腕を引かれた。あれ、いつの間に立ち上がったのヴェルデさん。

「…わかった」

「何が?」

「今日一緒に寝てやる。仕方がないから」

ものすごく上から目線な言葉。しかも返事遅いよ、話題終わったよ。諦めて一人寂しく二人用のベッドで眠ろうとしていたところだったよ。何が仕方ないからだ馬鹿じゃないのか、と思う。んだろうな、普通は。でもそんなこと微塵も思わなかった。

「え、ほんと?!」

「わざわざ嘘なんか吐くために研究中断すると思うのか」

「…思わん」

「だろう。わかったら早く行け」

急かされて素早くドアを開ける。私の方が前にいたのに、歩幅のせいでヴェルデの方が先にベッドに潜り込んだ。ルームシューズを脱いで隣に潜ると、すぐさま手が背に回り引き寄せられた。

「うううわヴェルデっ?」

久しぶりの抱擁だった。驚いて身じろぎすると、「じっとしてろ」と声が耳に掛かる。じっとできるわけがない。

「寒いからな」

「…湯たんぽ代わりですか」

「お前だって別に嫌なわけじゃないだろう。そうならやめるが?」


嫌なわけがない。触れ合った場所から伝わってくる心地良い熱も、微かに聞こえてくるヴェルデの心臓の音も、息遣いも、全部ぜんぶ。まるでそこから何かが流れ込んできて自分を充電しているかのようだった。こうして触れ合うことをしなかった時間を埋めてしまうように。







付き合うという意味の定義なんて本当はどうでも良かったのだ。ただ私がヴェルデを好きで、ヴェルデが私を好きでいてくれているというのは確かであったから。そうでなければ長い間ほったらかしにされたことを怒りもせず、まあ寂しさはあったが、それを抱き締められて眠るだけで帳消しにしてしまえるくらいに幸せだなあと思うことなんてできない。
でも、彼は幸せだっただろうか?私は自信を持って断言できる?
ヴェルデが前にも増して研究に時間を費やすようになったのは、外出を頑なに拒むようになったのは。何故なのか、私は知ろうとした?それとも、わかっていたら何か変わっていたのじゃないかだなんて考えること自体が自分本位なのだろうか。



お前がこれを見ているということは、そこに俺はいないだろう。


彼でない彼が、喋った。その姿を見たのは何日ぶりだろう。ここで待っていろとだけ言われて彼が出て行ってから、何日も経った今日、デスクに置かれている小さな装置から光が放射された。いつだったか見せてもらった、ホログラムというものだ。音声機能もついていて、それに合わせて口元が動く。動作までそっくりなのだから、やっぱり彼の発明はすごいなぁと思う。まるで、あなたがそこにいるみたいだよ。手を伸ばして、擦り抜けさえしなければ。

俺は、ろくでもない男だったと、今更ながらに思うよ。よく文句も言わず着いてこれたものだ。俺は何も知らせなかったというのに。

何も、というのはこの間のこと?彼が、ヴェルデが古い友人だという男と話しているのを聞いてしまったよ。アルコバレーノの呪いのこと、ノントリニセッテのこと、ミルフィオーレというファミリーのこと。私は何も知らなかったのだ。ヴェルデが外出するとどうして具合を崩すのか、知らなかった。ねえ、ろくでもないのはヴェルデじゃないよ。たまに一緒に出掛けたことが、私は嬉しかったけど、ヴェルデはどうだった?ノントリニセッテを受けて、どれほどに、苦しさを我慢していたのだろう。ろくでもないのは、私だ。

思えば何も、恋人らしいことはしてやれなかったな。一つくらいは、と思ったが畑違いの作業で思ったより手間取った。お前が言ったようにはなってないかもしれんな。

何が、と思えばデスクに載せられていた箱が開いた。中から覗いたのは、それは、

「ヴェ、ルデ…」

視界に広がる青。優しい、ひたすらに優しい色をしたバラの花びらが開いて咲き誇っている。どうしてこんなの、覚えてたの。あんな、他愛の無い、会話を。

この花にお前の名前を付けるよ。…できることなら、直接渡したかった。この映像だって俺が一緒に見てればいいと思う。何を馬鹿な事したんだって、笑いながら見れれば。
ああ、お前は今どんな顔をしている?泣いていると考えるのは自意識過剰だろうか。そうであればと願うよ。俺がいないところで泣くな。…ほんとに、こんなこと言って生きてた日にはお笑い種だな。でも、お前の笑顔が見れるなら安いものだ。


そう言って、ヴェルデのいつも難しそうに眉を寄せている表情が和らいで微かに笑んだ。
何を馬鹿な事したんだって、彼が望んだとおりに思ったけれど、私は一人で、彼は居なくて、そして笑ってなんていられない。こんなの見て、泣かないでなんて。お笑い種になんかならない、笑ったりしないから、一緒に見たいよ、あなたがいないと、笑顔になんて、なれない。
彼は私のことを気にしてくれない、なんて思ったのは嘘だ。私のわがまま。四六時中デスクに向かって匣だか兵器だかを作ることに夢中になっていてその分私は四六時中ほったらかし?そんなこと、なかった。ヴェルデはいつだって私を見てくれていた。眠くなればすぐ気付いてくれるし、忙しいと言いながらもちゃんと話しかければ返事をしてくれた。適等にではなく、考えてから。真摯に向き合ってくれた。私が寝てしまえばブランケットをかけてくれたし、どうしても寂しくなれば一緒に寝てだってくれた。いつも、いつも、いつも。
仕事で忙しくたっていい。出掛けられなくたっていい。一緒にいるだけで幸せなのだと、私は知っていたのに。

それから。いつも口にしなかったが忘れないで欲しい。俺は幸せだったよ。すごく、という陳腐な言葉しか出てこないくらいに。その感情を俺に与えてくれたのは誰でもない、これを見てるやつだ。わかるだろう?
なまえ、お前は、俺が愛したたった一人の人間だ。



プツリと音が途切れて、咄嗟に伸ばした手は残像さえも掴めなかった。

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