それに気が付いたのは、午後休憩に入る少し前。部員達が順番で俺とラリーをしている時に、それをコートの外でチェックしていた柳がふと顔を上げ、呟いた。
「あれは…みょうじか」
「えっ?」
釣られて柳の視線を辿ると、確かになまえがいた。土手の上、木陰からこっそりと覗いている。特に約束はしていなかったはずなんだけど…。
「…精市」
「え、何?」
「ボールがコートにめり込んでいるぞ」
柳に言われて相手コートに視線を戻す。怯えている部員の足元に、テニスボールが食い込んでいた。あーあ、やっちゃった。うっかり力加減を忘れて打ち返してしまったらしい。コートの外で順番待ちしていた部員達は俺とボールとを見比べて青い顔をしている。
「もう数分で三時になる。休憩を入れてもいいんじゃないか」
「そう、だね。コート直さなきゃだし…。戻ってきたら直すからそのままにしといてくれ」
「それぐらいやっておくさ。それより弦一郎に声をかけてやれ。何事かと気にしてるぞ」
「ふふ、ありがとう。…真田ー!休憩入れるよー!」
二つ隣のコートで俺と同じくラリー練習をさせていた真田は、一つ頷くと声を張り上げた。
「集合!」



「なまえ」
「せ、精市くん」
声を掛けると、なまえは申し訳なさそうに目を伏せた。
「あの、ごめんね、邪魔するつもりじゃなくって…こっそり見てるつもりだったんだけど…」
「いいよ、怒ってなんかないから。でも、どうかした?何かあった?」
他校との練習試合がある時は多少偵察や応援に来る人がいるから、そこに混ざってなまえが見ている時もあるけれど今日はただの練習日だ。お昼に携帯を見た時も特に連絡はなかったし…となまえを覗き込む。なまえは悩むように視線を彷徨わせてから、観念したように口を開いた。
「あの…あのね、全然、大したことじゃなくて…」
「うん、いいよ、教えて」
「…最初は、メールしようと思ったんだけど、我慢できなくて、でも電話も、部活中だし」
「うん」
「だからこっそり、見ればいいかなって思って、」
「うん…うん?」
「お母さんと喧嘩してね、嫌になって、落ち込んでて」
「うん」
「それで、精市くんに会いたくなって」
「…」
「精市くん好きだなあって思って、精市くんいたら癒やされるなあって思って」
「…」
「ぎゅってしたいけど、でも、見るだけでも落ち着くかなって思って、それで、」
「…」
「…精市くん?」
「…」
「あの…ごめん、やっぱり怒る、よね」
何と答えていいものかとフリーズしていたらなまえが俯いてしまった。違うんだ、ちょっと待って。なまえが順序ごちゃごちゃに言ったことをまとめると、つまり、落ち込んだから俺に会いたくなって?メールじゃ我慢できなくて?ぎゅってしたいけどできないから俺を見ることにして?俺のことが好きだなあって?…ああもう、この子は。耐えきれずにぎゅうっとなまえを抱きしめた。コートのほうからどよっとざわめきが聞こえたけどそれは柳に任せる。休憩後には部長の幸村精市に戻るから。
「う、え、せ、精市くん」
「なまえが可愛くてどうしようかと思ってた」
「え、えええっ…怒らないの?」
「怒ってほしいの?」
「だって、見つかる予定じゃなくて、邪魔する予定じゃなかったんだもん…」
「邪魔じゃないよ。それに、見つけられてよかった」
こんなに想われてるんだってわかったから。見上げてくるなまえの額に唇を落とすと「は、はずかしい…」と言って胸に顔を埋めた。コートがまたざわめいたから、見られていることを感じて耐えられなくなったのだろう。うう、と唸りながらぎゅうぎゅうくっついて、ポツリと、呟いた。
「でも…うれしい」
…ああ、だからもう、この子は!
休憩時間が終わるのが惜しい。甘えたモードのこの子を置いてなんて行けるのか。
「なまえ」
顔を上げさせて、口の端っこにちゅっと唇を寄せた。ざわめきはもう気にしない。カァっと顔を赤くするなまえの肩に自分のジャージを羽織らせる。
「これ着て待っててくれる?一緒に帰ろう」
「う、うん!」
続きは家でね、と耳元で囁いてなまえの反応に微笑んでからコートへ歩いた。顔を真っ赤にしている真田は見ない振りだ。
「練習再開するよ!俺達を見てて水分補給できてないやつはいないだろうね?」



その後。羽織ったジャージをぎゅっとしているなまえがふと目に入って可愛いなあと思っていると、なまえの口元を読んだらしい柳が代弁してくれた。
「“精市くんのにおいがする”」
「っ、」
「…精市」
またコートにボールがめり込んでしまったのは許してほしい。


(とある休日練習の午後/140818)

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