※会話内容がR12くらい。苦手な方は閲覧を控えてください。



ついてない。今日は朝一の授業が体育だというのに、朝練終わりの校舎へ向かう途中で女子に呼び止められた。今にも泣きだしそうなほど緊張しているやつに「忙しいから後にしろ」とは言えず、丸井にラケバを預けて女子の後を歩くと校舎裏の木の下に辿り着き、案の定愛の告白とやらをされた。受けられないと言うとその女子は目からついに涙を零し、「遊びでもダメですか…!」と悲痛そうに詰め寄ってきた。俺はそんなに遊んでいそうに見えるのか。…見えるんだろうな。内心で溜息を吐きながら女子に断って宥めて教室に帰るよう促したところで、ホームルームのチャイムどころか一時限目の本鈴が鳴り終わっていた。柳生はともかく、真田にはお小言を言われるだろう。体育なんて合同じゃなくていいのに。

上履きを引き摺って、教師の声以外は喧噪のない静かな廊下を歩く。屋上に行くことも考えたがどうせ今は体育中だ。誰もいないのなら教室にいたって問題ないだろう。無人の教室に足を踏み入れて自分の机へ着こうとすると、「あ、におー」と声がした。誰もいないと思っていたばっかりに、不覚ながら肩が小さく揺れる。振り返ると、クラスメートのみょうじが、廊下側の壁にぴったり背中をつけて床に座っていた。気付けないわけだ、と思いながらそっちに歩くと「仁王もお菓子食べる?」とポッキーを差し出されたので隣に座ることにした。

「誰もおらんと思ってビックリしたぜよ」

「あは、ごめんごめん。ここなら教室の前を先生が通っても見つかりにくいかなって思ってさ」

「ほお。その意味では成功じゃの。にしてもみょうじ、真面目そうに見えて意外やの」

みょうじと同じクラスになったのは初めてのことだが、成績は上位のほうだし、一緒にいる女子ともつるんでいるというよりは今時の子らしくなく、狭く深く交友しているように見えた。だからこうして授業に出ているはずの時間にここにいることも手馴れていそうなことも意外であったし、自分にフランクに話しかけてきたことも予想外だった。彼女は特に男子に対して、話しかけられればそこそこ喋るが、自分から話しかけることはほとんどなかったので、おしとやかだとかなんとかで男子間では時々話題になっていたのである。たまに告白するやつがいても持って帰ってくる結果はノーであったので、それもまたステータスになっていた。彼女の与り知らないところでの話であるが。

「見えるだけでそんなに真面目じゃないんだよ。学校とかすごいめんどくさいし。去年までもよく寝坊とかで遅刻してたし。もちろん体調不良って言ってるけどね。仁王は具合悪かったの?鞄に荷物あるから体育出てると思ってた」

「ああ、それはブンちゃんに頼んだんじゃ。ちょっと朝練帰りに用事がな」

「そっかあ」

そこで会話が一旦途切れて、みょうじは新しくポッキーの小袋を開けた。俺にも分けてくれつつポリポリと食べ進めるみょうじを見ながら、ふと、聞いてみたくなった。

「みょうじはもし好きな人にフラれたら、遊びでもいいからってなる?」

話を振られたみょうじはパチクリと瞬きして「遊び?」と繰り返した。

「遊びって…そういうコトだよねえ…無いわあ……ってかそんな爛れた中学生嫌だわ…」

しみじみと言うみょうじが同い年に思えなくて吹き出すと、すかさず「もしかしてそれ仁王が言われたことでしょ」って指摘されて違う意味で噴いた。

「ようわかったの」

「噂で聞いたことがあったの。本当だとは思わなかった」

「残念ながら本当ナリ。モテるのも考えもんじゃの」

「それ仁王が言うと厭味にもならないねえ…。でも、遊びでも良いって思えるほどに好きになれるのは素敵なことかもしれないね。私はそこまで誰かを好きになったことないから羨ましいかも。まあ、間違った方向だし、身体だけってのは勘弁だけど。仁王は?」

「ん?」

「仁王はそこまで言われて揺らがないの?可愛い子多いでしょうに」

「んーまあな。でもなんっつーのかなあ…案外ロマンチストなんよ」

答えになっているようななっていないようなことを言うと、みょうじは少し考え込むような顔をした。確かに思春期のこの年齢の男子ならグッと来てしまうのかもしれないが、俺はそこに多少なりとも違う感情が入ってしまう。簡単に説明できるものでもないから他に答えようがないし、みょうじもそこへ行き着かないだろう。お互いを知っていてもこんなに喋ったのは今日が初めてであるし、尚更。しかしみょうじはパッと顔を上げると、ピタリと、言い当てて見せた。

「仁王ってもしかして、そういうことに嫌悪感ある?」

「…は?」

「その反面で、夢見てたり憧れてるからロマンチスト?」

素直に肯定するべきか、流すべきか、どう答えようか考えていると、気を悪くしたと思ったのか、慌てて謝罪された。

「間違ってたらごめんね、勝手に…」

「…や、ええよ、合っとる。どうしてそう思った?」

なるべく威圧的にならないように聞いた。みょうじは「実は…」と切り出し、「仁王時々そういうのに冷めてるように見えたから、もしかしたら似てるのかもなって思って、ずっと聞いてみたかったの。わかってくれる人を探してたのかもしれない」と続けた。理由は何にせよ、喋ってみたいと思われていたなら、今日これだけ会話が続いた理由がわかった。そして引っ掛かった部分を問い掛ける。

「じゃあ、お前さんも?」

「うん。っていっても、別にあれだよ、壮大なトラウマとかあるわけじゃないよ」

「なら…って先に聞くんもアレか。俺もな、トラウマとかそういうわけじゃないんよ。上に姉がいて、下に弟いるんだがな。結構歳離れとる。…まあ、つまり仲がいいっちゅうかな。ただ小さい時に見ちまうには生々しすぎての。別もんだってわかっとっても気持ち悪さはどうしても抜けん。それに加えて…どうも俺は年上に受けるらしい。お誘い受けることが少なくはなくてな、ギラギラしとんのが傍から見え見えで覚めた目で見るようになった」

誰にも言ったことないのをみょうじにサラッと言ってしまったのは、誰もいないところに自分たちだけっていうシチュエーションのせいか、会話していて好感をもったからか、嫌悪感を見抜かれたからか、みょうじが言った似てるかもっていうのが気になったからか。多分そのどれもなんだろう。

「私も似たようなものかな。妹が歳離れてるんだ。だからその辺は一緒。最初はただいけないことだってしかわかんなかったけど、成長してからわかって…うん、性への目覚めは早かったかなと思うよ。見つけちゃいけないもの見つけちゃったりしたし」

「…聞かんほうがいいんかの?」

「や、この際だしいいよ。いわゆる大人のオモチャとやらだね。あとはそうだなあ…ああ、あれだ、高学年のとき、近所の子たちと缶けりしてた時にね。中学生の男の子とたまたま一緒に隠れることになって、その時胸揉まれちゃって。薄着だったからそのせいかなって、持ってた上着着込んだりしたんだけど、意味なくて…。それから後日、呼ばれたと思ったら後ろから抱きしめられた…とは言いたくないな、抱き込まれたみたいにされて。ときめきとか何も感じなくてひたすら耳元で聞こえた荒い息が気持ち悪かったのと、誰かに見つかったらどうしよーって焦ってた。それ以来何もなかったからいいけどこれが下手に親戚だったもんだから、お母さんとかにも言えなくってさ。大問題になるじゃん。いっそ他人ならよかったんだけど。それで、ばれたらどうしようってしばらくはずっとビクビクしてたな」

おしとやかだなんて男子の間で言われてる子から性への目覚めが早かったなんて言われてドキっとする余韻もなく、続く暴露に驚くしかない。思っていた以上で、下手すると自分より重度なんじゃないかとすら考える。

「そりゃあ…小学生だったんじゃろ?トラウマものじゃなか」

「うーん、当時はね。実際同じ年齢になってみて、同級生にそんなことしてる人いたらどうしよーとかは思ったな。あとは…」

「まだあるん?!」

「や、まあそんなインパクトのあることじゃないよ。私の苗字変わったの知ってた?」

一年生の途中で変わったらしい。たまに前の苗字で呼んでいるやつがいたからなんとなくは知っていた。

「ああ、再婚したんよな」

「そう。つまり…」

「ああ…つまり…」

「小さい頃ならまだしも、この歳になってから目の当たりにするとね…結構来ちゃって。あっちは新婚気分じゃない、自分の親のそんな面見たくないし勘弁してよって。見つけたくないものまた見つけちゃったりしたし」

「…ちなみに?」

「えーと俗にいうFをしてるとこ撮った動画がパソコンに…。もっとわかりづらいとこに隠しとけよって…」

「うわあ…」

「しかも最終的に最低な人だったわけよ。あ、二年生のとき離婚したんだけどね。なんていうか、典型的な可愛がられた長男で、自分中心で、男性優位で。男の人は子供出来ないと成長しないってこういうことだなって実感したもんこの歳で。で、それをきっかけにっていうか、最期の後押しにっていうか、男の人ってそういう人ばっかなのかなって思って、ひっくるめてそういうの気持ち悪くなっちゃって。さっきも言った通り性への目覚めは早かったせいでむらむらは結構するんだけど、してもあとから自己嫌悪みたいな。動画とか見たりしても男の人が気持ち悪くて、男性優位のとかもってのほかで、かわいい女の人主体のとか、オモチャ責めとかしか見ないの」

「…そこまで俺にぶっちゃけてよかったんか?」

「誰にも言えなかったから言っちゃいたかったんだ。ちょっと引いたでしょ」

みょうじは自分の性癖について、もっといえば自慰経験があると話しても顔色を変えなかったくせして、ここにきて寂しそうな顔で笑った。確かに予想しない暴露の連発でびっくりはしたけど、引いてはいない。正直なところ、揺らいだ。この真面目そうな顔して、おしとやかだなんて言われて、そんなことしてるなんて誰が想像しただろう。そしてそれを知ってるのは今、自分だけだ。

「引いてはおらんよ。男なんてみんなやっとるんじゃ、責められるわけがなか。しかし…それじゃあお前さん難儀じゃな」

「ね。何かもう一生処女でいる気がするもん。興味はあるのに。でも気持ち悪いから、ほんとに好きな人でもできるかよほど見た目がタイプとかじゃないと無理かなって思う。本当に好きな人同士でするのって幸せなんだろうなって思うけど、やっぱり男の人に対する諦めがあるし。夢物語だね」

「いい男に誘われたらどうするん?」

「ひっかかる、かも…ね?経験してみたいし。可愛くないし誘われないと思うけど」

じゃあ俺だったらどうなんって、女に嫌気が差してたことも忘れて思ってしまった。ただの性欲とは違う。きっと俺らしくないと言われるだろうし、俺自身そう思える人と会えるのは現実じゃそうそうないと思っていたが、俺はみょうじの、唯一になってみたいのかもしれない。

どう言えばいいのか。今日喋って今日言ったら、衝動的と思われてしまわないだろうか。だけど人にわかってもらいづらい部分をわかってくれる人ができたのは俺にとって大きなことだったし、恐らくみょうじにとってもそうだ。迷う俺を後押しするようにスピーカーの電源が入った。これはチャイムが鳴る一分前の合図だ。もうすぐチャイムが鳴って、そうしたら数分もしない内に皆が体育から帰ってきて、二人しかいない教室ではなくなってしまう。

みょうじ、と名前を呼んだ。ポッキーの箱に注がれてた目がこっちを見る。パチ。パチ。瞬きするのを二回見る間に、覚悟を決めた。何だかんだで自分から言うのは初めてだな、と思いながら。

「俺と健全なお付き合いから始めませんか」

わざとらしく少し茶化して、緊張を潜めて敬語で言うと、みょうじは少し間を開けてから、「…たとえば?」と言った。第一声で拒否されなかったことに安堵して健全なお付き合いの内容を提案する。

「手え繋いで帰るとか、お昼一緒に食べるとか。メールしたり、買い物行ったり、映画見たりする健全なお家デートしたり」

「…ちゅうは?」

「…ありなん?」

「触れるだけのちゅーとかしてみたいな。言ったでしょ、諦めてるけど夢見てるの。…夢見させてくれる?」

「夢で終わらせるつもりはないけどの」

不安の混じったみょうじの遠回しな了承に、顔を傾けて近付けた。教室中にチャイムが鳴り始める。咄嗟に閉じられなかったらしい目が、至近距離でぼやけて見えた。音を立ててやわらかい唇から離れると、チャイムが鳴り終わって途端に騒がしい音があちこちから聞こえてくる。頬を朱に染めたみょうじは、かんばせをへにゃりと緩ませると、見たことのない表情で笑った。

「…へへ、なんか、しあわせ」

……健全なお付き合いって言ったけど、俺、我慢できるんかな…。


(not daydream/140510)

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