帰る場所は?と聞かれたら答えるのに時間を要する。家、なんてものはとうの昔に捨ててきた。今自分が帰っているのは実質的にヴァリアーの城だが、それは仕事上の決まりであるし仕方の無いことだ。したいことをできるうえに給料が出るし、案外居心地も悪くないから早々辞める気はないが。では帰る場所がどこか、というと何処なのだろう。
俺はその答えを、ずっと考えていた。



任務で自分が生まれた土地に三日ほど滞在することになった。仮にも王子だ、子供だったとはいえ顔は結構知れているのだから任務の振り分けは考えて欲しいとスクアーロを心の中で罵ったが、思えば兄貴を殺したのは十数年も前のことだ。ともなれば記憶は薄れただろうし、確か不慮の事故として俺諸共片付けられた気がするから問題はないか。

折角だから作られた自分の墓でも見ていこうと立ち寄ったのは三日目の夕方だ。雨が降っていたけれど傘なんて持ってない。直行で帰ってシャワー入って寝ればいいか、とそのまま来た。髪の毛が肌に張り付くのは少しうざったいけれど冷たい雫に打たれるのは結構気持ちいい。

墓は城から三キロほど離れた小高い丘の上にあった。周りには色とりどりの花が咲いている。そういえばこの国は自然が豊かだったな。高級な白い石に刻まれた自分の名前を見るのはやはりおかしくて滑稽だった。ジルのも見て笑ってやろうかと思ったが、万が一意識飛んだら笑えないしやめておくことにしよう。次に騒ぎ起こしたら給料引くってボスに言われてた気がする。多分ボスのことだ、怒ったらそれだけじゃなく手が出そうだ。蹴り飛ばされて壁にぶち当たるスクアーロを頭に思い浮かべたら背筋が寒くなった。見ている分には笑えるが、あれやられたら冗談じゃない。

はー、と溜息を吐いたらそれに被って小さい声がした。呻くような、それでいてか細い声が。

「誰かいんのか?」

刻まれた自分の名前から目を離しぐるり、と見回してみると少し離れた所にある木の陰から動く音がした。こんなところに来る物好きなんているのだろうか、まあ風景は悪くないがこの天気だ、散歩というわけでもあるまい。近付いて行くと、段々と見えてくる。

「んだ、これ」

其処にいたのは赤ん坊だった。段ボールの中に、布団に包まれて木の下に雨を避けるよう置かれていた。捨て子を、一体どうしてこんなところに置いたのだろう。せめて施設の前にでも置けば引き取ってくれただろうに、人が来ないこんな所へ捨てるなんて、殺すのと同義である。人を殺すことを生業とし、また楽しんでいる俺に文句なんて言えたもんじゃないけど。

手を伸ばして指先で頬を突いてみた。何だか触ったら壊れてしまいそうで、あまり力を入れられない。ふわ、と赤子特有の柔らかい頬っぺたに指が沈んだ。気持ちがいい。

「う、わっ」

手を引こうとしたら、眠っている赤ん坊が無意識の内に俺の指を掴んだ。ぎゅ、ぎゅ、と弱い力で握ってくる。

「ししっ、おもしれー」

指を引き抜く気も起きず、そのまま見つめていると口元が小さくぱくぱくと動く。う、ぁ、と時折小さい声が漏れる。さっき聞いたのもこれだろうか。その動作が、母乳を飲むものに似て見えた。段ボールもあまり形が崩れていないし、赤ん坊もやつれてはいないことから、捨てられてあまり時間が経っていないことはわかるが、それでも腹は空いたのだろう。つってもミルクなんかあるわけねぇしなー、と考えたところで思わず笑った。何をしてんだ自分は。すっかり赤ん坊に情が移っている。そして無意識に抱き上げてみたいな、なんて思っていたりする。ああ、兄貴を殺して以来始めてこの国に戻って、自分の墓なんか見に来るから調子狂ったのかもしんねーな。

段ボールの中に両手を差し込んで、頭を支えながら抱いた。確か赤ん坊のうちは首が据わってない、とか聞いたことがあるようなないような。重さは、持ってるのか持ってないのかわからないような軽さ。でも確かにここに在る。命が宿っている。つい数時間前まで仕事で命を奪っていたというのに奇妙な感覚だ。数え切れないほど手に掛けたことはあれど、掬いあげたことなど一度も無かったのだから。

「こんなちっちゃくても、ちゃんと温かくて、生きてんだなぁ」
「…ぅー、あ、」
「ぅ…?ああ、起きたのかよ」

幾度か瞬きをぱちぱちとしてから、ぱっちりとした瞳に自分が映った。泣き喚くだろうか、と思ったがその様子もなくじっと見つめている。さっきのようにぷに、と頬を突くと「あぷ」と声を漏らして、掴んだ。ベルの指は赤ん坊の手の中にある。

「あー、そういや今日王子の誕生日なんだよなあ」

もう祝うほどの歳でもないが、オカマがケーキを焼くといっていた。フリフリのエプロン姿はそろそろ自重してもらいたいけれど、味は悪くない。

「お前の誕生日も、今日にしよっか。光栄だぜ、王子と一緒なんてな」

もうすっかり自分はこの子供を連れて帰る気だ。そんな自分が心底不思議であり、頭を打ったのかと思うほどだが、悪くはないとも思っている。子育てなんて自分にできるのか甚だ不安ではあるが、母性本能たっぷりのオカマがいるし、スクアーロも何だかんだで面倒見が良いし、まあどうにかなるんじゃねーかな、なんて軽く考えすぎかもしれないが、また段ボールに戻して捨てていく気は起きなかった。また、施設に預ける気も起きなかった。

「よっし、帰っか」

口に出してみて、思う。俺はこの子の帰る場所になってみたいのかもしれない。この血に濡れた、人殺しの手でも、何かを奪うだけじゃなくて、何かをしてあげられるのだと、そう、証明してみたかったのかもしれない。

生い茂る葉に遮られていた雨が、風に乗って赤ん坊の肌に落ちた。ベルがそっと服の裾で拭くと、赤ん坊がくすぐったそうにして初めて笑った。






「べるー、べるー」

ぎゅ、ぎゅ、と名前を呼びながら指を掴まれる。夢を見ていたせいか、目の前の少女が三年前の姿と重なった。規則的に握る癖はあの頃からのものらしい。

「ふぁ…やっべーまじねむい…」

立て続けに出る欠伸を噛み殺した。今日休みを取るために切り詰めた任務のシワ寄せだから仕方ないが。

「あっれ、おはよのキスしてくんねーの?」
「だっていまあさじゃないもん」
「いいじゃん、俺してほしいな」

ちゅ、と頬に一つキスをしてやればなまえもソファに上ってやっと頬にキスをしてくれた。

「うっわー…おはよのキスとかまだやってたんですかドン引きです堕王子、親バカにもほどがありますよー」
「うるせ」

いつもならここでナイフをカエルに刺すところだが教育上宜しくないのであとでじっくりいたぶることにしようと思う。覚悟してろよ、親バカで何が悪い。

「べる、べる」
「ん?」
「もうケーキもお料理も出来上がったからってるっすーりあが!」
「ああ、だから呼びに来たのか。りょーかい」
「ふらんもだよ!さんにんでてつないでいこう」

げ。思わずフランと顔を見合わせる。こいつと並んで手を繋ぐ…想像したら薄ら寒かった。

「はやくはやく、」

両手が伸ばされてわくわくとした顔で急かされる。仕方無い、この際フランのことはどうしようもない。

「わかったよ」

ぎゅ、と手をつなぐとなまえは嬉しそうに笑った。

今日は誕生日だ。俺の、そしてなまえの。誕生日プレゼント、こいつよりでかいくらいのふわふわなぬいぐるみを用意してある。この間街を歩いたとき、ショーウィンドウに飾られた大きいぬいぐるみをみて抱っこしたいと言っていたからさぞ喜ぶだろう。誰かを喜ばせるために何かをするなんて、なまえを育てるまではしようとも思わなかったんだろうな。なまえは自分からもべるに何かやるんだ言っていたけど、俺はもう十分もらってるんだよね。多分もう、一生分、いや、俺の一生分なんかじゃ足りないくらい。
三年前の今日、お前に、と言うと変かな、お前自身をもらったんだ。人生とか性格とか価値観、結構変わったと思う。多分お前に会う前の俺に見せたら嘲笑われるな。
でも、悪くはない。あの日、あの場所に行ったことを、お前を見つけたことを、連れて帰ったことを後悔なんてしちゃいない。お前の為ならなんでもできるよって、臆面無く言えるくらい好きだよ。親の愛は無敵だっていうけどほんとそうだな。俺は親じゃないかもしんないけど、でもずっとずっと愛してるよ。馬鹿らしいけど、面と向かって、例えばフランの前でだって言える。拾った日に、こいつの帰れる場所であれたらいいとそう思ったけど、そうなれたかはわからない。俺はたくさんのものをこいつにもらった。帰る場所もそうだ、昔みたいに何となく、とか仕事柄、じゃなくてなまえがいるから帰ろうって、そう思ってる。でも俺はこいつにちゃんと、何かあげられてるのだろうか。
いつの日か、聞いてみれたら、良いなと思うよ。そしてそれが、俺であったなら。


ただいま、そしておかえり。


「なあ、お前の帰る場所ってどこ?」
「えー何言ってるの、ベルがいるとこに決まってるでしょ」
「そっか、」
「当たり前じゃん、何でベル嬉しそうなの」

お前に逢えて良かった。生まれて初めて、生まれたことに感謝をします。俺が、そして、お前が。

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