「なまえちゃーん」
「んー」
「そろそろ寝よー?」
「んーもうちょい」
「…」
「…」
「なまえちゃーん、早寝するんじゃなかったん」
「するー、けどまだいいじゃん」
「とか言って明日の朝後悔すんのなまえちゃんぜよ」
「んん…ほんとにもうちょいだけ。先部屋行ってていーよ」
「おう…ほんとにすぐ来るんじゃな?」
「うーんそのうち」

そんなやりとりをして、やっと、やっっと、寝室にやってきたなまえちゃんの片手にはまだ携帯があった。いっつも「今日こそ早寝するんだもん」とか言うくせして夜になるともう少しもう少しって夜更かしをしてしまう。それが例えば俺といちゃいちゃするからだとか夜の営みがあるからならいいけど、ほとんどは携帯だとか雑誌だとかで、確率にするとおよそ十分の一くらいだ。どっちが一かって、もちろん俺といちゃこらするほうが。熟年夫婦でもあるまいに週に一度もそういうコトがないのはいくら日本が慎ましいお国柄だって言ってもどうかと思う。覚えたてのガキじゃないからそこまで飢えてないし強要したいわけじゃないけどさ、もうちょっと、ね……俺に構ってくれたって、いいんじゃないかと思うのです。

電気を消して布団に潜ったなまえちゃんの髪の毛に手を伸ばした。めんどくさがってドライヤーを使わないためにまだ少し湿っている。未だ携帯を弄る彼女もその内寝落ちするだろうと半ば諦めた気持ちになりながら緩く絡まっているところを指でとかしていると、ピコン、と音が鳴ってなまえちゃんも「げっ」とカエルのように鳴いた。

「なした?」
「充電切れた…」
「寝ろってことじゃろ」

よしよしと撫でてやるも表情は不満げだ。きっと携帯だって言ってくれてるんだよ、そろそろまーくんと寝てやれって。しかしなまえちゃんは嫌そうな声を出してから上半身を起こした。指の間から髪の毛が逃げる。ちょ、待って待って。恐らく行き先はリビングだ。枕元に近いコンセントは最近壊れて使えないし、他のところは埋まっている。きっとリビングに行って充電器に繋いで帰ってくる、なんてことはしないだろう。ある程度電池が溜まるまでいて、それからまたベッドで寝転がって寝落ちするまで携帯をするのが目に浮かぶ。これじゃあ数十分前の状態に逆戻りである。

「リビング行ってくる」

案の定な台詞を吐いたなまえちゃんの腕を自分の方へ引っ張った。ベッドから足を下ろそうとした体勢が崩れてシーツに沈み込む。いきなりのことに手から離れた携帯をさっと取って俺の側にあるベッドサイドテーブルに置いた。もちろんなまえちゃんはびっくりしてから眉を寄せて口を尖らせた。怒ってるんだろうけど正直ちゅー待ちに見えるし、睨んでるだろう目もただの上目遣いになっている。それに俺だってそんなにずっとは待てないよ。

「急になにすんの、危ないじゃん」
「もう遅いんじゃき、明日にしんしゃい」
「雅治先に寝てていいから」
「だーめ」
「やーだ」
「だーめ」
「やーだ」
「…」
「…」
「だめ」
「…」

なまえちゃんが弱いって知ってるかわいこぶった喋り方をしてやると観念したような、でも渋々ですよっていうアピールのこもったわざとらしい大きなため息が聞こえた。

「もー…寝るの苦手だから寝落ちできるようにしてんの知ってんでしょ」
「今更じゃな」
「じゃあ手ぇはなせよー…」
「なあ」
「なに」
「何も寝落ちを促してくれるのがケータイとかだけじゃないと思わんか」
「なにがあんのよ」
「なまえちゃんの目の前に丁度良さそうな安眠抱き枕があるじゃろ」
「………これ?」
「そうこれ」
「いや抱き枕っていうか…逆に抱かれる感じだと思うんだけど…」
「なんじゃ抱いてほしかったのか?そうならそうと早よ言ってくれればよかったんに」
「ちがう!意味ちがう!」
「はは、冗談じゃよ。そんなに嫌がられてもショックだがな」
「だって雅治容赦ないじゃん…寝落ちどころじゃないじゃん…」
「さてそれはなんでじゃろうな、たまーにだからなんじゃないかな、増やせばその分和らぐんじゃないかな」
「すいませんでした」
「冗談はおいといて、な、せっかくふたりでおるんだからもっと俺にも頼って、っていうか構って」
「構ってって…甘えただなあ…」
「だってお前さん俺んこと放置なんじゃもん。だから寝る前は俺となんかすればよかろ。寝転がって眠くなるまでお喋りでもいいし、抱き枕にもなってやるし、なんなら羊数えや絵本もドンと来いじゃ」
「ふは、どんと来いなんだ」
「おう。弟にやったことあるしの、それに将来の練習にもなるじゃろ」
「(…さらっとそういうこと言うし……)」
「まあどうしても用事があるとか、やりたいことあるとかは止めんから、もうちょい比重が俺に傾くといいなーと思ったわけでして」
「…」
「でして…」
「わかったわかった、わたしが悪かったです」
「そうは言ってんけど」
「だってもし雅治がけーたいばっかしててわたし放置とか考えたら…やだし…」
「おん」
「なのであのー…ちょっとは改善したく思います…ちょっとは…」
「おん。で、今日はいかがなさいますか」
「とりあえず携帯はもうやめます」
「で?」
「えーと…じゃあ抱き枕さんお願いします」
「おうよ」

よいこらせっと横を向く体制に変えるとなまえちゃんはおずおずとくっついて、折り曲げた手でぎゅっと俺のパジャマを掴んだ。あーかわいい。調子に乗って「サービスでちゅーもつけちゃるよ」なんて言ってみる。ばーかって言われても今なら嬉しいなーとか考えてたのに、なかなか返事が返ってこない。やっぱ調子乗りすぎたか?

「…雅治?」
「はい」
「まだ?」

まさかの待っててくれてるパターンでしたか。予想外に胸がきゅんとした。まったくこの子はスイッチが入ると甘えたなんだから可愛くてしょうがない。髪を透かすように撫でてやわらかい唇へキスをした。

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