あーだるい。何がだるいかって、もう、全部が。ここが家じゃないことも、家に帰りたいのにあと数時間は帰れないことも、働きたくなんてないのに働かなきゃ生きていけないことも、お金に釣られて始めたパートが予想以上に面倒だったことも。笑顔が引きつり始めたことに気付いた同僚が、うまいこと私を引っ張って裏方に押し込んだ。どうしたの、と聞こうとしただろうオーナーの言葉は途中で止まり、頭を撫でられる。それから、出来上がっているパフェを引き寄せてキッチンに声を掛けた。

「ミナちゃーんコレもらうから作り直しといて〜」
「えーオーナーさっきも食べたじゃないす…か……」

顔を出したミナちゃんは私をみるなり、あー…と声を漏らしてもう一回キッチンに引っ込んだ。そんなに待たずに出てきたミナちゃんの手にはメニューに載ってないパフェがある。アイス入り、苺たっぷり、チョコソース掛け、ポッキー付き。もしや、と思う前にそれを持たされて、よしよしとされた。

「うわーなまえちゃん愛されてるわねえ」
「どうせなら好きなの食べさせようと。ってわけでオーナーはそれ戻してくださいね」
「はいはい。じゃあなまえちゃんいってらっしゃい」
「え…え?」
「それ食べてきていいから、顔戻しておいで」

促されて裏口へ向かう途中、すれ違ったセンパイにも頭を撫でられた。どんだけひどい表情してたんだろうか、確認したいような、したくないような。裏口を潜ると外の空気が頬を撫ぜた。冷えすぎている店内と違って生温い空気にほっと息が抜ける。喫煙や休憩用に置かれている椅子に深く腰掛けて、パフェをスプーンですくった。

「うまー…」

私の好きなものを把握してるミナちゃん天使すぎる。私と付き合ってくれないかな、ていうか私をヒモにしてくれないかな、と冗談半分に考えながら食べ進めていくとあっという間になくなった。名残惜しく思いながら深く深呼吸をした。だるいけど、ご褒美もらったし頑張らないと。あとは仕事終わりのまかないのことだけ考えて乗り切ろう。ミナちゃんの絶品チャーハンをリクエストしよう。表情をリラックスさせるために口の体操をしながら立ち上がった。







あーだるい。何がだるいって、体がとてつもなくだるい。滅多に引かない風邪を楽しもうと思っていたのが間違っていたのだろうか。ズキズキと痛む頭が初めは確かに心地よかったのだ。ほんの少し高い体温も、普段冷えている指先を温めてくれるのに丁度よく感じていた。

いつもより気分よくビルの屋上から街を見渡していると道路標識が飛んできた。無意識の内に口角が上がる。挑発しながらビルからビルへ。飛んでくる障害物は俺に当たらずに建物を損壊する。本当に良い気分だ、と思った時だった。急に、今までの比じゃない頭痛が襲う。外傷的な痛みとは違うそれに我知らず足運びが鈍った。そして、そこへ飛んできたのは標識でも自販機でもなくガードレールだった。それも横幅十メートル足らずくらいの。頭に浮かんだのは「マジかよ」の四文字だった。よりによって今それか、と。しかしこれを投げてきたアイツは俺の状況なんて知るはずもなく、またわかっていても知ったこっちゃないのだろう。寧ろ好都合に違いない。サッと視線を走らせる。左右には逃げられない。上下に動くしかないが、跳ねても腰に引っかかりそうな高さで飛んできている。残るは下だ。ビルの端まであと数メートルしかない。そこから側面を伝って下りよう。

「…っ?!!」

あと五十センチほど、というところで腰から背中に掛けて衝撃が走った。身体が投げ出されてビルから離れる。横目で見ると追撃に来た標識がガードレールを後押しして加速したようだった。クソ、厄介なことをしてくれやがって。不幸中の幸いだったのはガードレールと標識自体は勢いのまま隣のビルまで吹っ飛んでったことだ。一緒に落ちてたら終わってただろうことは想像に難くない。

そうして今、落下中なわけである。ぶつかった衝撃か、頭痛がひどくなったのを境にか、一気に体のだるさが押し寄せている。風邪を楽しもうなんてもう思わないだろうね。

バフッ!!

なんとも言えない音を立てて背中から落下した。あー、痛い。ゴミ袋の山が見えたから安心して落ちたけど、それにしたって高さがあった。もはやだるさのせいかぶつけられたせいか落ちたせいか、どれが原因で痛いのかなんてわかりはしないけど。すぐに起き上がる気力がなくて大の字のまま寝そべっていると、ジャリ、と地面を踏む音がした。人によっちゃ最悪なシチュエーションだ。だるいとか気力とか言ってる場合じゃなくてすぐさま身体を起こした。それと同時にコートに手を忍ばる。…が、ナイフに届く前に全身の気が抜けた。そこにいたのはメイドで、左手にパフェグラス、右手にスプーンを持って、口を「い」の形にしたままポカーンとしている。普通こういう時咄嗟に出るのって「え」とか「あ」だと思うんだけど、何を思ってこんな間抜け面をしているんだろう。ついでに、メイドはメイドでも中世なんかをイメージするような主人に仕える使用人じゃなくて、異様にメニューが高い喫茶店で不特定多数のお客をもてなすほうのメイドだ。この辺にそんな店あったか、と考えながらメイドの顔を眺める。やっと正気に戻ったらしいメイドがパチクリと瞬きをしてから口を開いた。

「…何してんすかご主人様」

気のせいであってほしかったが声を聞いて確信した。コイツは高校の時のクラスメートだ。しかも顔見知りとかじゃなくて、一般人レベルの憎まれ口を叩き合う程度には、喋った仲の。

「いや…君こそ何してんの…?」


折原×メイド喫茶/130613
そういう再会もないわけじゃない

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