名前変換

「あれっ、なまえ?」

その声を聞いたのは本当に久しぶりだった。ここのところ残業続きだったから、もしかしたらこれは疲れたせいの空耳なんだろうか。やっとの休みに寝ているのももったいなくてショッピングに家から出たけど、やっぱりゆっくりと過ごすべきだったんだろうか。そう思いながらも一応街中を見回す。もちろん、立ち止まると邪魔になってしまいそうだから、人の波に乗って歩きながら。…やっぱり空耳だ。あの懐かしい髪色はどこにも見えなかった。

もう社会人になって云年だというのに、まだ覚えているものなんだな。学生時代を思い出して少しだけ、懐かしい、さみしい気持ちになる。

「よかった、やっぱりなまえだ」

「うわっ…え、丸井?」

ぐいっと、後ろから手首を引っ張られて。振り返ると丸井がいた。喋る合間に吐き出す息が多いから少し走ったらしい。…空耳じゃ、なかったんだ。

「おう、久しぶりだな」

にっかりと笑う丸井はもういい歳になったはずなのに、相変わらず可愛い顔をしている。

「ね、何年ぶりだろ…ていうか髪染めたんだね」

「そりゃあな、あのままじゃ働けないだろ流石に。つーか同窓会とか出ろよな。仁王もだけどよ」

「あー…同窓会の日はにおとプチ同窓会してるんだよね」

「はっ?何だそれ。お前らデキてたの?」

「いやーなんか大勢でわいわいって苦手でさ。におも得意じゃないじゃん、だからね。変わらず友達だよ」

「あーなるほど。てことは仁王とは連絡取ってんの?」

俺は友達じゃないのかよって丸井がわざとらしく唇を尖らせるのを見て、かわいいって思うより先に、友達というワードにちくりと心臓が痛んだ。…まだ好きとか、笑えない。何年前だと思ってんの。いつになったらこいつのこと吹っ切れられるんだろう。それまでずっと、同窓会は仁王と二人きりのまま。仁王は知ってるから付き合ってくれている。冷たいやつだって思われがちだけど、本当は誰よりも優しいやつ。さすがに彼女がいるときは連絡を控えてるけど、それでも同窓会の日は何があっても一緒にいてくれる。仁王は知ってるから。わたしが丸井に会いたくて、でも会いたくなくて、会えないことを。そのせいで何回か仁王が彼女に勘違いされたこともあるんだけど、仁王は「お前は俺の友達なんだから、隠す必要ない。わかってもらえないものはどうにもできん。彼女はまた作ればいいけど、なまえは一生もんじゃろ」って言う。だから、悪いなって思いつつ離れられない。一生物の友達って面と向かって言ってくれるのなんかきっと仁王だけだ。わたしも仁王のことを勝手に親友だって思ってる。

「ばか、丸井も友達。でもほら、仁王にも彼女いる時はメールそんなにしないんだよ」

困ったように笑って言ってみたら丸井も同じような顔を作った。

「あー、だから減ってったのか。変なとこ気にすんなよなー、途中からぱったり連絡取れなくなったから嫌われたかと思ってたぜぃ」

「そんなわけないって!何か途中からタイミング掴めなくなっちゃってさ、アド変メールとかも悩んじゃって」

「まじばかお前…散々心配したってのに。つか仁王に前聞いたとき知らねって言われたんだけど」

「や、仁王も一旦途絶えてたんだよ。ある日再会してさ」

「俺とお前みたいに?はは、すげー偶然。何か繋がれてんのかもな」

それが赤い糸だったらどんなによかったんだろうな、なんて。いい年こいてそんなこと言ったら白い目で見られるよね。心の中でごめんね、と丸井に謝った。仁王と途絶えてた時があるなんて嘘だ。丸井との連絡を絶ったのも、意図的で。

何年も前、高校生だった時、わたしは仁王と丸井と友達だった。長い事丸井を好きだったけれど、関係が崩れるのが怖くて、楽しい交友生活に甘んじていた。丸井が彼女を作っていなかったことも要因の一つだ。あんなに人気があったのに告白を受けることはなかったから、安心していた。今の生活と、テニスが楽しくて、満足しているんだろうと思っていた。勘違いを、していた。丸井が恋をすることなんてないと思い込んでいた。考えないことで逃げていたのだ。そうしている間に大学生になって。わたしたちは全員違う学部に分かれた。仁王とは幸い被る授業があったから週に数度会うことができたものの、丸井は違った。マンモス校で偶然遭遇することなんかなくて。だから今度三人で遊ぼうと、講義中仁王と筆談で計画を立てた。…だけどそれが、実行される日はなかった。丸井に伝えることもなかった。丸井に彼女ができてしまったから。丸井に好きな人ができることすら考えていなかったわたしにとって、恋人ができたことはこの上ない衝撃だった。まだ若いし先はわからんよって仁王は言ってくれたけど、数か月ぶりに会った丸井の指にはペア物だろうリングがはまっているのを見たら耐えられなかった。おしゃれさんなのにテニスの邪魔になるんだよってアクセサリーの類を付けることのなかった丸井の指に。悔しいとか、寂しいとか、悲しいとか。色んなものが渦巻いて、苦しくて。自分を守るために丸井と距離を置くようになった。縮まないまま卒業して、就職して。ついに仁王の慰め文句通りに「若気の至りなお付き合いの末別れる」、なんてことは起きてくれなかった。丸井は彼女と婚約してしまったのだ。それを聞いたわたしは終わりだ、と思った。これ以上丸井を好きでいても誰のためにもならない。きっと丸井はわたしを結婚式に呼んでくれるだろうけど出て平常心でいられるわけがない。でも好きじゃなくなれるわけでもない。だからせめて丸井との関係を終わりにすることにした。丸井からの連絡を期待して高校生の時から同じままだったメールアドレスを変えた。電話番号は変えられなかったから着信拒否にして、仁王にはわたしと連絡を取れないことにしてほしいと頼んだ。誰かとの関係を切ってしまうことは、想像していたよりもあまりに簡単だった。

「なあ今度また三人で会わね?久しぶりに」

「いいね、仁王に聞いてみよ。あ、そうだ来週仁王と飲む約束してるからそんとき言っとくよ」

「おっけ、頼むわ。ったく仁王もなまえと連絡取ってるんなら教えてくれたっていいのに」

「うーん…結構経ってからだしねえ」

「まあ今日会えたからいいけどよ」

あっ、赤外線送れよなって携帯を出した丸井の左手には、昔見たのとは違う、安物ではないだろう指輪がはまっている。それを見て昔のように身動きが取れないほど色々なものが溢れて苦しくなるわけじゃない。

「よっし受信完了。んじゃ次送るな」

「ん、ちょっと待って…はい準備おっけ」

「おう、そうしーん…完了っと。仁王と日にち大まかに決めたらメール送ってな」

「了解です」

「頼んだぜぃ」


その他めも
丸井を好きでいることは自由だって仁王に言われて連絡先削除してないから再交換でダブってるって詰め込みたいけど無理そう。既に色々矛盾ぽい。
仁王好きだからしゃしゃり出ちゃっててでも主人公も報われて欲しくて、脳内では
・実は主人公好きだった仁王
・理性が危ない時もあった仁王
・どうにか親愛に抑えてる仁王
・今更主人公好きになってしまう丸井
・お前今更ふざけんなってなる仁王

(膨らませ方失敗しました。色々書いたけどやっぱめもの展開のほうが好きかも。)

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -