ふとした瞬間に思うことがあった。それは色んなときに意図せず顔を出してくる。たとえば、私の前の席を勝手に陣取って座る横顔を見たときなんかに。

「愛しいなあ」

どきり。頭の中に浮かんだ言葉を折原が丁度良く発したもんだから思考を読み取られたのかと一瞬背筋が冷えた。しかし彼の視線の先を見てすぐに心配は消える。まったく紛らわしいんだよこのやろう。とは言え私の頭の中身なんか知ったこっちゃないだろうからただの八つ当たりである。
折原は見下したような、蔑んだような、それでいて熱を孕んだ目で下校する人々を追っていた。

「…ふうん」

「ふうんって、君。別に返事は期待してなかったけど、どうせならもう少し反応してよ。せっかく待っててあげてるのに」

別に待っててなんて頼んでないんだけど。なんてことは思っても言わない。可愛くはなれなくても可愛くなくはなりたくなかった。今日の反省という欄に、特に。とだけ書いて日誌を閉じる。何も書いてない人もいたし咎められることはないだろうな、多分。教務室に届けるのは面倒だから明日の朝担任に渡そう。机に突っ込んだところでやっと折原がこっちを向いた。

「終わった?」

「うん。有難う」

「…変なところで素直だよね、君って」

「普通に素直でしょうが」

「えーないない」

筆箱をリュックに入れて担ぐ。白いふわふわの可愛いリュックだ。一目惚れしたというのもあるが、少しお高めだったこのリュックを購入するに至った一番の理由は、折原と帰る途中に見かけたからだった。少し特別な気がして、余計に愛着がある。

「今日はシズちゃんさんとかみんなとデートしなくていいの?」

「そうだったらここにはいないだろうねえ」

「そうだけど、楽しそうに窓の外見てたから」

「何、やきもち?かわいーねえ」

「折原はナルシストだなあ」

なんて言う私は素直じゃないなあ。折原は間違っていない。シズちゃんさんみたいに思われるのはちょっと、いやすごく嫌だけど、愚かしく愛しいと思われる人々が羨ましかった。あんな瞳で眺められる彼らに多分、私は嫉妬している。愚かだ、馬鹿だと思われることに快感を感じる変態なんかではないけど、そこには少なからず愛が内包されていた。いいなあ、と折原が愛おしそうにする度思う。たくさんある中のたった一つになるのはきっと寂しいけど、この立ち位置じゃ愛はもらえない。ただのご近所さんか、クラスメイトか、暇つぶしか、エトセトラ。
窓際を離れる前にもう一度、折原は視線を外に投げ掛けた。

「愛しいなあ」

その言葉を私にくれたらいいのになあ。


羊の夢を見る/120728

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