最近、自惚れているのかもしれない。アルバイト先のファストフード店で、視線が気になることがある。それも特定の人から。たまにそちらの方を向くとその人と目が合う。

「どうなんだろう折原さん!」

お昼時を過ぎて人がいなくなったレジで、隣にいた折原さんに抱きついた。同じ年のバイト仲間で、面倒見の良い女の子だ。バイト中に何してるんだという感じかもしれないが、店長が優しい人で、お客さんいないときは休んでていいからね!絡んでてもいいからね!ってよく言っているので多分問題はない。あの人百合が好きらしいよと噂を耳にしたことがあるので、もしかしたら優しいというよりかは趣味が危ないのかもしれない。私からしたら、こうして相談でも何でも自由にしていられるのは助かるのでどっちでもいい話だ。

「ちょっと離れて、あっつい」

そう言って可愛い顔をちょっと崩した折原さんだけど無理やり剥がしたりはしない。でも調子に乗りすぎると怒られちゃうことがあるので、はあいと返事をして離れた。

「もしかしたら私の方が見すぎてるのかな?寧ろあっちが私を不審に思ってる?それとも寝癖とか?私何か変?!」
「落ち着け。何もついてないよかわいいかわいい」

よしよしと頭を撫でられてわんこになった気分だ。折原さんのほうがずっと可愛いのになあ。

「じゃあ何でだろう。やっぱり私が見すぎちゃってる?」
「そんなことはないと思うよ。普通に見回す程度じゃない?私がなまえ見てる限りじゃ」
「それならいいんだけど…」
「自惚れちゃえば?」
「むり…」

振り返ってテーブル席の方をちらりと見るとまだその人がいた。目が合わなくてホッとする。見続けているとまた合ってしまいそうだから、名残惜しさを感じながら振り切って折原さんに向き直った。呆れたような声で「いっそ告白すれば」と言われる。そうなのだ。視線が気になる人というのは、私の好きな人なのだ。そうでもなければ気になんてならなかったんだと思う。

「でも、だって、平和島さんって年上の人が好きなんでしょう…?私、すっごく、範囲外な気が…」

平和島さんとは私の好きな、その人の名前だ。年上の人が好きという情報は折原さんに聞いた。折原ってどこかで聞いた名前だなあと思っていたらあの有名な臨也さんの親戚なのだそうだ。平和島さんの好みも臨也さん伝手の情報らしい。

「確かに、年上がタイプならなまえは全然当てはまらないだろうね。幼いし、幼いし、ロリ受けはしそうだけど」
「お、お、幼いって二回も!」
「顔が幼いのと言動が幼いので二回」

自覚はあるので反論できない。

「それよりどうして好きなの?別に鵜呑みにしてるわけじゃないけど、私は臨也から散々なイメージ像しか植付けられてないからどんな人かわからなくて」

平和島さんと臨也さんの仲の悪さはここ池袋では常識だ。その片方から聞く人物像なんて、ひどいなんてものじゃないだろう。一般人からのイメージだって、それよりは憎悪が篭もっていなくても、良くないことに変わりはないはずだ。だって自販機を放り投げられちゃう人なのだ。私だって悪くて危ない人だと思っていた。こうしてアルバイトをして触れる機会がなければずっと。

「平和島さん、すごく優しい人なんだよ。男の子がね、買ったばっかりの飲み物を、レジに並んでた平和島さんの足に引っかかってぶっ掛けちゃったんだけど」
「男の子投げたとか言わないよね?それが優しいとかマゾじゃないよね?」
「違うよ!私もね、危ないって思ったんだけど、平和島さん、泣いちゃった男の子にちょっと待ってろって言って、駄目になっちゃったジュース買ってあげてたの。ズボンとかすごい濡れててどう見ても平和島さんの方が大変なのに、大丈夫かって聞いて頭撫でてね」
「かなりイメージ違うなあ」
「でしょ?それでねまだあるのよそんな感じの話がたくさん」
「へえ…ギャップ萌え?」
「うん、これ以上ないくらいきゅんとした」

金髪もサングラスも怖さを増幅させるものでしかなかったけど、それから改めて見てみれば、髪の毛はふわふわとしていて可愛いし、サングラスの奥にある瞳も常に怒りを燃やしているわけではなかった。穏やかな色をしているときなんて卒倒しそうになった。そんな人からの視線が気になるのだから、普通にしていられない。やっぱり、自惚れてるのかなあ…。

「あ、帰るみたい。ほら休憩終わり」

頭を撫でていた折原さんの手が急かすように背中を叩いた。楽にしていた姿勢をピシっと正して、お客様が帰るのを見送れるようにする。そうして客席を見て、私はピシッと固まった。お帰りになろうとしていたのはたった今まで話していたその人であったからだ。だめだめ、気にしすぎなのよわたし、自惚れとかダッサイ、ほら平常心平常心。折原さんもいてくれるしね、落ち着かないとね、オッケーとか心の中でぶつぶつ呟いていると折原さんが「やばいそろそろポテトなくなるわ」と言って裏方に行ってしまった。ちょっと待って置いていかないで!私も裏方に逃げてしまいたいけれど「レジは無人にするなかれ」というのが決まりなのでここにいるしかなかった。折原さんいなくなっちゃったけど大丈夫、そんな離れたわけじゃないしね、平和島さんに何コイツとか思われたくないから普通にしなきゃ、普通に。よし。

「ありがとうございましたー」

深呼吸をしてから一息に言ってお辞儀をする。ちゃんと出来たぞ私偉い!やりきったような感動を覚えながら頭を上げると、何故か平和島さんがこちらを見ていた。一緒にいた上司の人はもうお店の外なのに、どうして?折原さんが「何もついてない」って言ったのは嘘で本当は寝癖とか何かあったりした?

「いつもご苦労さん」
「え、あ、あの、」
「じゃあな」
「えっ……行っちゃった…」

有難うございますくらい笑って可愛く言えればよかったのに。折角話すチャンスだったのに、もしかしたら平和島さんの気紛れだったかもしれないのに、もうこんな機会ないかもしれないのに!惜しいことをしたなあと自己嫌悪していると折原さんがニヤニヤしながらひょっこり現れた。ニヤニヤしてても可愛いってずるい。私も折原さんくらい可愛ければ、年上趣味らしい平和島さんだって、もしかしたらもしかするかもしれないのに。

「自惚れても良いフラグ立ったね」
「立ってないよ…返事もろくにできないガキっていう認識ができちゃったよ…」

絶対そんなフラグは立たなかった。逆にへし折れたに違いない。視線を感じたのは私の気のせいだ。平和島さんを気にする余りの勘違いだ。目が合ったのは、多分、たまたま見ていただけだ。私の顔を覚えていてくれたみたいだし、何となく見ていただけに違いない。

「はああ…もう帰りたい」

っていうか折原さん何で知ってるのポテトどうしたの。







アルバイトがあったって好きな人がいたって学生の本分は勉強である。勉強は大事だ。とっても大事だ。卒業したら全然役に立たなくない?って何回思ったかわからないが、卒業するためには避けて通れないのだからするしかないのだ。例え放課後でも。

「あのさあハニー…これはひどい」

クラスメイトの紀田くんが私の英語補習プリントを持って遠い目をしていた。今日英語の時間に先生からもらったプリントだ。前回のテストがギリギリアウトだったけど助けてあげるからこれをやりなさい、ということらしい。もちろん留年なんてしたくないからプリントを提出しなければいけない、が、わからない。何がわからないのかわからない。「俺放課後空いてるから教えてやるよー」と言ってくれた紀田くんにとても申し訳なくなってきた。

「聞き取れなかったので聞き直しましょう、だぜ?Pから始まる単語だってヒントあるしコレ、ぶっちゃけ中学生の時にやった内容しかなくない?先生めちゃくちゃサービスしてくれちゃってるんじゃない?」

「やった…ような…寝ていた…ような…」

中学のときの英語の先生の声が耳当たりの良い低音だったから、しょっちゅう居眠りをしていたのだ。それが今にも響いているのだから、責任取ってよね!なんて転嫁をしてみる。結局悪いのは私なんだけれども。

「何でここパレード?確かに三文字あってるけどさあ、意味が全然違くない?もう俺とパレードしちゃう?明日の朝とか校門から踊りながら来ちゃう感じ?皆に注目されて公認のカップルになっちゃう?」

途中まで真面目に教えてくれていた紀田くんだったが、そろそろ限界が来たようだった。いつものノリに戻ってきている。私の回答が散々なせいだから文句は言えない。パレードで答えあってるんじゃないかと自信満々に書いたことも言えない。

「イーイ?この答えはパードゥン、語尾上がりの発音ね、ピーアールディーオーエヌ、パードゥン。オッケー?」
「お、おっけー」
「あとはもう書いちゃうから、それだけ覚えとけばいいよ。次のテストにも復習ででるらしいから。オッケー?」
「おっけー。ありがとうございまする…」

半分以上残っていた解答欄を紀田くんが埋めてくれた。ちゃんと私の字に似せて書かれている。何から何までありがとうとしか言いようが無い。無駄にテンション高いクラスだなーと思っていたけれど、とても良いクラスでしたこんな素敵なクラスメイトがいました。しみじみと感謝しながら小さい声で復唱した。パードゥン、パードゥン。次のテストにこんなのが出るなんてのは授業真面目に聞いてなかったので知らなかったが、紀田くんが教えてくれたんだから覚えておかないと。パレードって書いたら恥だぞ私。







「遅かったねなまえ」

すっかりアルバイトのことを忘れていた。店長に謝ると「そういうこともあるよ、気にしないで。あ、でもそうだな、折原さんと絡んでくれると嬉しい」と言われた。やっぱりこの人趣味がそっちだったのか。聞かなかったことにしてもう一度すみませんでした、と言って着替えてカウンターへ向かうと折原さんが一人でレジをしていた。ごめんなさい。

「補習があってね、すっかり忘れちゃってた」
「なまえらしいったららしいけど。何の補習?」
「英語。苦手なんだ。パードゥンって答えのところをパレードにして、教えてくれたクラスメイトの子に遠い目された」
「ぶっ…げほげほ、んんん」
「ちょっそんな咽るほど?!」
「っはあ…ごめん次元が違いすぎてウケた」
「次元ってそんな…」

折原さんの爆笑を初めて見れたのは嬉しいけど内容がこれって…切ない…。しょんぼりとすると「大丈夫冗談だって」と頭を撫でられた。それでごまかせると思うなよ!思いっきり笑ってたよね!咽るほど!だけど撫でられるのは好きなのでされるがままにしていた。

「そういえば今日遅いねえ」
「誰が?」
「誰がって、一人しかいないでしょう」

そんなに話題にするような人いただろうか、と考えて、ようやく平和島さんのことだとわかった。英語とかそういう問題じゃなくて、頭が大体悪いのかもしれないと今更気付きながら、カウンターから身を乗り出した。客席をぐるっと見回しても金色は見当たらなかった。いつもなら平日は丁度私たち学生アルバイトが来るよりも前に、早い夕食やら休憩をしに来ているのに。今日はお仕事がお休みなのかもしれない。それか、別のところで食べることにしたとか。毎日ファストフード店に来てたら、健康に悪いだろうし。約束をしているわけでも何でもない、ただの店員なのだから、毎日来てくれると思っているほうが間違いなのだ。

「って色々考えたって結局寂しいんでしょう」
「なぜそれを!」
「だからなまえ顔に出るんだって。幼いから」
「ううう…」

本当に私は子供っぽすぎる。少しくらい大人らしくなりたいのに。シャラリーンと音が鳴って来客を知らせた。落ち込だままいらっしゃいませの挨拶をしたら投げやりな感じになってしまった。だめだ、早速対応が子供じみている。仕事は仕事なんだからきちんとしなくては!気を取り直して、レジの対応を元気にしようとお辞儀を戻すと、なんとこちらに向かって来ているのは平和島さんだった。そんな馬鹿な!慌てて隣の折原さんを見ると「ごめんポテト揚げないと」と言って裏方に行ってしまった。何だかデジャヴュ!

「ご、ご注文をどうぞ!」
「おお…んー、シェイクと…」

今日は珍しく平和島さん一人だけらしい。上司の人はどうしたのだろう。今日会えないと思っていただけに心臓がドキドキ言っている。彼のレジをすること自体片手で数える程、それも彼を好きになってからは初めてのことなので、緊張して声が震えそうになった。昔は怖くて震えそうになったのになあと不思議な気分だ。注文を悩んでいるらしい平和島さんはメニューを指で辿っていた。案外色白くて長い指にドキンとする。心臓が破裂しないように祈りながら顔も見たら、メニューを見ているせいで伏せっている睫毛がやけに色っぽいので、どうにかなってしまうんじゃないかと思った。今倒れてしまったら病名はどうなるんだろうとおかしなことを考えながら、ふと、平和島さんのほっぺたが赤いことに気付いた。今日はそんなに暑かったっけ?

「これ、このバーガーで」
「はい、わかりました。以上ですか?」

もう終わってしまう会話(とも呼べないものだけれど)を惜しみながらも会計の準備をすると、「あー、それと…」と聞こえたので嬉しくなって「はい!」と笑顔になってしまう。すると平和島さんのほっぺたが余計に赤くなった。私が恥ずかしいやつだったせいだろうか?大きな声になってしまったし謝らなくてはと口を開くと今度は平和島さんが「あの、よお!」と大きな声を出した。私が遮ってしまったせいかもしれないと思うと申し訳なくて情けない。

「すみません、注文の続きをどうぞ」
「あんた」

えっ?と思って見上げると真っ赤な顔でジッと私を見ていた。もしかして顔が赤いのは私に対して苛々していたから?慌てて「すみません!」ともう一度謝ると「いや、違う、そうじゃなくて、」と言われる。

「あんたをくれ」

どうやら耳が壊れたようだった。頭も心臓も破裂したのかも。言葉の意味を飲み込んでくれないくせして、顔がどんどん熱くなっていく。平和島さんと良い勝負かもしれない。何の勝負かはわからない。ついでに何て答えたらいいのかもわからない。口が勝手に動いた。

「…パッ…」
「ぱ…?」
「パードゥン!」

ちゃんと覚えてたよ紀田くん!語尾上がりに発音出来たよ紀田くん!熱いものが込み上げたけどすぐに現実に引き戻された。パードゥンって!よりによって今パードゥンって!意味は合ってるけど何言ってるんだ私!どうしたらいいのかも何もかもわからなくて裏方に行った折原さんに助けを求めようと視線をやや後ろにやると、「っ、あははは!げほげほん、げほ、ぶっ」という声と共にバンバンと何かを叩く音がした。…折原さん…。何で会話聞いてるのポテトはどうしたの…。夢のようなことを平和島さんに言われたはずなのに本当に夢であってほしいと思ってきた。

「あ、…」
「へ、いわじまさん?」
「アイウォンチュー」

裏方から折原さんが呼吸困難に陥っているような音が聞こえた。


アクト・ザ・フール

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