今日は四月の初旬、春休みの終わり、怠いことこの上ない始業式の日である。桜はまだ咲いていない。漫画でよくある、桜散る入学式シーンは嘘っぱちだと心の中で思っている。桜散る卒業式シーンも同じく。見栄え的に春イコール桜になってしまうことは致し方ないのだろうが。
四月の始業式とくれば新年度なわけで、学年が変わったわけで、つまりはクラス分けがあった。春休み中からクラス分けの紙は貼りだされていたが、部活に入っているわけでもなくそれだけの為に登校するのは面倒だったので、クラス名簿を確認したのは今日が初めてだった。確認、といっても自分の名前がどこにあるのかを辛うじて見つけただけだ。同じクラスに友達がいないだろうかなど見る余裕はなかった。私と同じく今日初めてクラス名簿を見る人が山のようにいたからである。マンモス校も伊達じゃない。
自分のクラスメンバーを漸く知ることが出来たのは、教室の黒板に貼ってある座席表でのことだった。右から順に見ていくとすぐに自分の名前は見つかった。右端の一番後ろ。所謂特等席だ。よっしゃ、と心の中で思い切りガッツポーズをする。そのままざっと全員の名前を見ていくと、何ということか、友達の名前が一つもなかった。えっうそ。どちらかといわなくても友達を作るのが苦手な私にとって、これは由々しき事態であった。せめて知ってる人でもいないかと、もう一度端からじっくりと見直すとほどなくして、右から二列目の最後尾の席に書かれた名前で目の動きが止まる。ついでに心臓も一瞬止まった気がした。何でさっき気付かなかったんだろう。全校の内どれほどの女子に羨まれるのか、ということが真っ先に頭に浮かんだ。きっと半数どころじゃない。三分の二、四分の三、五分の四…多分ほとんど全員なのだと思う。羨ましいと思われるならまだしも、恨まれたらどうしようと考えて即座にゾッとする。私の隣は幸村精市だったのだ。
自分のものとなった机に鞄を放ってから椅子に座り、ブレザーのポケットから出した携帯のキーをガシガシと打つ。友達へのメールである。「ねえどうしよう知り合いいないんだけどってか隣幸村くんなんだけど」。待つこと一分、すぐに返信は来た。「私一番前の席だった。鬱。でももう友達できたっぽい。幸村くんの隣とかオークション出したらすごそう」。確かに。ちょっとした小金持ちになれそうな気はする。それくらい人気のある人だ。ていうかもう友達ができたというのは何事なんだろうか。私にもぜひその行動力を分けてほしい、と切実に思う。特等席は譲るから。
パタン、と閉じた携帯はポケットに滑り混ませて、枕代わりの鞄に頭を乗せた。ちらりと顔を左に向けてみてもそこは空席だ。幸村くんはまだ来ていない。ここにあの幸村くんが座るのかと思うと少し緊張する。面識はなくとも、そこかしこを歩く噂なら何度も耳にしたことがあるからだ。運動神経がとてつもなく良い、テニス部の部長をしていた、勉強が得意、いつもテスト上位に名前が挙がっている、絵が上手い、教養がある、顔が整っている、肌が女子顔負けなくらいきめ細かくて白い、睫毛が長い、男女分け隔てなく優しい、学年の上下問わずモテる、バレンタインと誕生日にプレゼントを貰う数は三桁である、等々。これらを全部鵜呑みにすると、幸村精市というのはとんでもない人になる。こんな完璧みたいな人は実在するのだろうか。神の子とは、言いえて妙だ。
黒板の上に掛けられている時計と、チョークで書かれた字とを見比べてみる。現在時刻は七時四十五分、ホームルームは八時半、始業式への移動は八時五十分。ずっとここに一人でいるのも寂しいからジュースでも買いに行って来よう。自販機は一階に設置されているから、少しは時間つぶしになるはずだ。ちなみにこの学校は若い学年ほど上の階に教室がある作りになっている。一年生の時はひたすら階段を上る朝が怠かったし、飲み物を買いに行くのも面倒だったが、二年生になった今日からは一つ階を下りればいいだけなので、大した手間でもないし適度な運動になる。


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