俺のことを最低なやつだと罵る野郎もたくさんいるだろうし自分でも自覚している。でもどうにもやめられない。世間で言うイケメンが自分にも当てはまると気づいたのは中学の頃、学校に自分のファンクラブがあると知った時だ。それまで自分の容姿や仕草など気にしたこともなかった。今でも特別見た目にこだわっているわけではないが、こうして女子が群がってくれるということはそういうことだろう。

「豪炎寺くん、これ。あの…お願いします。」
封筒を渡され中を確認すると一万五千円入っていた。俺は目の前の女子と友人関係ではないし、話したこともない。だけどこの封筒をもらった瞬間に新たな関係が生まれる。
「ここでいいか?」
「は、はいっ。…ん」
そっと女子を抱きしめると俺の背中にも腕が回される感覚がした。それから少し身体を離してから相手の顔を上げさせてうすく染まる頬を辿って唇にキスを落とした。ここは校舎裏だし、もう放課後だから廊下を通る人も少ないだろう。別に見られても構わないが、見てしまった人はあまり良い気はしないだろうが。

「…はぁ。」
ちゅ、と音を立てて唇が離れると女子の頬を撫でてから前髪を撫で上げ瞼にもキスをした。女子は、ふふと笑うと俺の頬にキスを返して去って行った。いつものことだ。こういう関係を周りが好ましく思っていないのは知っているが、小遣い稼ぎのアルバイト感覚でやれば罪悪感も薄れ、尚且つ相手もそれで満足しているんだからと思うと一種の優越感さえ覚える。
第三者に何を言われようとお互いに利益があってやっていることだと言い切ればある程度のやつは口をつぐむし好き勝手言われたところでこの関係が途切れることはない。それはもう散々経験済みだ。

誰だろうと金を払ってくれるなら相手は選ばない。
そのはずだった。

「あ、あの…」
「?」
校門の方を向いたとき後ろから声がした。自分にかけられたものかどうかは分からなかったが、いちおう振り返ってみると見覚えのない男が自分の方に向いて立っていた。うちの制服を着ている辺り自分とおなじか上の年なんだろうが、どうにもその容姿は'少年'と呼ぶに相応しいものだ。体調がすぐれないのか少し顔色が悪い。おぼつかない足取りで一歩二歩と俺に近づくとひらりと封筒を見せた。

「豪炎寺くん、これ、…あの。お金出せばなんでもしてくれるって聞いたから。」
その言葉には少し語弊があるが、それよりも差し出された封筒に嫌な予感がしてならない。恐る恐る受け取り、開けてみると中には諭吉が二枚入っていた。予感は的中した。俺はすぐに少年の胸に封筒を押し付けた。
「悪いけど、これは受け取れない。」
面倒事はごめんだ。すると少年は驚いたように目をひらいて俺を見た。驚いたのはこっちだ。
「どうしてっ…ぼく」
「男は無理に決まってるだろ。それにお前どうせ罰ゲームかなんかで回されたんだろ?」
「ち、ちがうよ。ぼくは本当にただ君にお願いしたかっただけなんだよ。」
ふるふると首を振って否定してくる。押し付けた手を離して地面に落ちた封筒を少年は拾い上げるともう一度俺に差し出してきた。やめてくれ。いくら金をもらっても男とだけはない。だけど諦めそうもない様子に俺は肩を竦ませた。人に好かれるのは嫌じゃないが、こういうのは想定外で迷惑だ。男にもするやつなんだと噂が出回った日には俺の男としての尊厳が崩れるとともに、もう今までの生活は送れないだろう。

「さ、三万円」
「え?」
「これで足りないなら、値段、上げてもいいです。」
「そういう問題じゃない。」
俺がどうかわそうか考えあぐねていると少年がまさかの提案をしてきた。金で何とかなる問題じゃないのに。……いや、なるかもしれない。

「…ご、五万」
「へ?」
「五万!持ってきたら考えてやるよ」
「ごまん…。」

俺は恐る恐る金額を口にした。少年も弱い口調で繰り返す。高校生にとって五万円などそうそうまとめて出てくるものじゃないし、さすがに男のキスごときにそこまでは出せないんじゃないかと考えて行き着いた答えだった。俺ならたとえ相手が人気アイドルだろうが出さないな。興味がないのもあるだろうが、それならもっと別の何かに費やすだろう。何かとは明確には言えないが。

「だから、もういいだろ。」
「…五万、持ってきたらしてくれるんだよね!」
驚いた。それまで気弱そうに見えた少年が俯いていた顔を上げた瞬間ガバッと掴みかかってきた。どこにそんな力が、というくらいの剣幕をまとっていて俺は動けない。

「考えてやるって言っただけだ。だから」
「してくれるよね!?」
「ヴッ。」
ギュッと首元のシャツを握りしめられて首がしまる。こいつ、なんかさっきと雰囲気違くないか!?少年の腕を掴んで身体を引き離すと、少年はいてもたってもいられないというように落ち着かなくそわそわしている。また嫌な予感がする。

「なぁ、五万なんて」
俺にかける価値ないぞ。そう言おうとした時には既に遅く、「時間かかるけど…、いま言ったこと忘れないでね!」と走って行ってしまった。少年にとっては元からしてくれるという期待が低かったのかもしれない。だとしたら俺は余計な条件を付けてしまった。いままでの値段とは別格の五万という大金をたかがキスで支払うのは対等でない気がしてしまった。ダメだと突き通せるとしっていたらこうはしなかったのに…。金という手段を使って意地悪をした自分に後悔した。そんなつもりなかったのに少年に希望を持たせてしまった。

なぜか、少年とまた会うのはそう遠くないだろうという感じがする。嫌な予感というよりは野生の勘というやつかもしれないが、その時俺はどう対応するべきかを数日のうちに決めなくてはならない。男とキスなんかしたくない。

ただ今はひたすらに少年の小遣いが低いことを祈った。



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