今日は吹雪の退院日だ。

「無事退院できて本当によかった。」
「うん。風丸くんには心配ばかりかけて、ごめんね。」
「はいこれ、退院祝いよ。」
「ありがとう。冬香さん。」

吹雪は検査の為に五日間入院した。出血が酷かったらしいが幸いにも特に後遺症は見受けられなかったし、運ばれたときギリギリ再破裂を押さえられていたようで俺はホッとした。

今日の退院まで、士郎は戻ってきていない。円堂や鬼道、飛鷹や虎丸が見舞いに来たときは士郎のフリをしていた。だがどんなにそれが上手くても俺はアツヤだと分かっていた。

「あーあ。寝たきりは退屈だったぜ…。」

帰り道の土手で、三歩先を歩くアツヤが伸びをしながら呟いた。周りは平日の午前中だけあって人が見当たらず、川の音が聞こえる。そういえばここの河川敷で吹雪とよくサッカーしたな。
……吹雪の笑顔が脳裏を横切る。

「なぁ、いつまで吹雪の身体を借りるつもりだ。」
「ん?借りてねぇよ。これは俺の身体だよ。」
「士郎とは代われないのか?」
「嫌だね。」
「どうして。」
「また士郎を傷つけられたくないからな。…ま、安心しな。家なら新しく物件探してとっとと出ていくからよ。」

アツヤは俺と離れたがっている。だが俺は士郎の身体と離れたくない。たとえ今アツヤが表に出ていても、いずれ士郎が出てくる可能性があるからだ。だが同時に俺は複雑な気持ちだった。

「出ていくことはないだろ。」
「俺がいやなんだよ。」
「……。」

アツヤを家に引き止めて起きたいが、それをする資格は俺にあるんだろうか。吹雪に事故が起こってしまったことも、アツヤが出てきてしまったことも、全て自分の責任だ。吹雪に謝りたい。謝って抱き締めたい。だが謝って済む事なのか…。"士郎"が表に出てこないという事は、俺に会いたくないって事なんじゃないのか。…そんなネガティブな発想がぐるぐると脳内を駆けていた。

「士郎に会えなくて寂しいか?」
「っ!?」

俺の心を読んだようにアツヤが振り返った。ふたりは立ち止まる。

「目が覚めて、やっと向き合えると思ったら俺だったんだもんな。」
「それは…」
「言っておくけどよ、いま寂しいだとか辛いだとか思ってんなら、そうさせたのは自分自身だからな。…士郎はお前に渡さない。」

アツヤの意志はしっかりしていた。俺を責めるような口調。噂には聞いていたが、目の前のアツヤはあの頃の想像に比べると少し威厳が無いように感じる。

「…わかった。」

吹雪は俺に愛想を尽かしてしまったかもしれない。そう思われてもしょうがない。けどやっぱりそれを背負ってでも吹雪といたい。俺は、吹雪が好きだから。

「俺は士郎に会いたい。」
「いやだから」
「だから吹雪士郎が俺に会うまでお前のそばにいる。」
「は?」

離れてしまったら、もう戻れない気がする。それは嫌だ。わがままなのは分かってる。けど吹雪とこんな形で離れたくない。俺は意を決して口を開いた。

「…今日まででひとつ分かった事があるんだ。」
「んだよ。」
「お前も士郎と同じ、寂しがり屋だってことだ。」

そうだ。俺は吹雪に責任を感じているが、それが理由で一緒にいようと思うんじゃない。

「俺は、士郎が好きだ。だけどお前の事も好きだ。」
「は?それって浮気じゃ」
「浮気じゃない。なぜなら、お前も吹雪士郎だからだ。」
「な、なにいってんだよ…!」
「俺は、吹雪士郎を愛してる。吹雪のそばにいたいんだ。…だから吹雪も、俺のそばにいてくれないか?」

俺はアツヤをアツヤと言う存在にするのを今やめる。
吹雪のなかにいるのは確かに違う人格を持ったものだ、だがひとつの身体にいる以上それは1人だ。確かに、俺の会いたかった本当の相手ではない。だけどこれも確かな吹雪の一部だ。だから俺はこの吹雪も好きだ。そしていつか吹雪が全部戻ってきた、吹雪士郎を俺は抱きしめる。


「意味わかんねぇよ」
「分からなくてもいい…俺に任せてくれ。もう吹雪をひとりにしない。」
「…たっく、うぜぇよ。……はぁ。……ま、新しい物件見つかるまではいてやるよ。」

吹雪は不機嫌そうに言うとまた歩きだした。だがさっきのように三歩前を行くわけではなく、気づけば俺の隣を歩いていた。こんな風に並んで歩くのは久しぶりだな…。太陽が頭上まで来ていた。


こうして俺と吹雪の生活はまた始まった。




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